「(いつもは完食してくれるんだけど。さすがに今日は食欲が失せちゃったのか……)」
「…………食べた」
「え?」
「…………全部」
「えぇ?」
ぽつり、西山くんが呟いた言葉に耳を疑った。
こんな短時間に全部だなんて。
有り得ないよと思いつつも、西山くんがやや口を尖らせているのを見ると嘘を言っているようには思えない。
だって。その顔は、もしかして。
「(す、拗ねてる?か、かわいい!最高!)」
「…………拗ねてない」
「はっ、声に出してた!?」
「(…………無自覚)」
初めて見る西山くんの表情にときめいていた心の声が、堂々と表に出していたらしい。
山城くんの前ではなんともなかったけれど、西山くんの前だとちょっと恥ずかしいな。えへへ。
一応確かめてみたくて返されたお弁当箱の中を見ると、西山くんの言った通り中身は空っぽになっていた。
例の卵焼きもなくなっている。
「ほ、本当に食べたの!?」
何度も繰り返し聞くなとでも言いたげな視線を投げ掛けられているのにも関わらず、心の中はお花畑状態。
不味かったのに食べてくれたんだ。
やっぱり優しい。誰よりも優しいよ。
気が付くと胸がぎゅうぎゅうになっていて、なんだかとてもお昼を食べる気がしなくなってきた。
「ありがとう西山くん。私もっと上手に卵焼き作れるように頑張るね!」
「…………だよ」
「ごめんよく聞こえなかった。もっかい」
「…………好きだよ。凪の卵焼き」
からん、手に持っていたお箸が音を立てて床に落ちる。
西山くんはなかなか拾おうとしない私を不審に思ったのか、背を屈めてお箸を拾い上げ私のお弁当の上に置く。
「……う」
「…………」
「う、嬉しい!」
ほんの一瞬の出来事だったけれど。
一本の鋭い矢が、真っ直ぐに心臓のど真ん中を射抜いた感覚に陥った。
痛くはない。
痛みなんてこれっぽっちも感じさせない。
だけど本当に、このまま殺されるのかとさえ思ってしまった。

