迷ったのは一瞬だった。
「カンちゃん、顔洗ってきて。ひげ剃って。僕、掃除機取ってくる!」
「は!?」
返事も聞かずに階段を駆け降りた僕は、指示を追加した。
「あ、そうだ。窓も開けといて。空気悪いから」
やっぱり返事は聞かない。
店番のおばさんに声をかけて、壁に掃除機をがっつんがっつんぶつけながら階段をのぼり、ゴミ袋に片っ端からいろんなものを放り込んでいく。
赤い掃除機で畳の部屋をなでおえるころには、カンちゃんも顔をすっきりさせて戻ってきた。
階下でおばさんがお昼はどうしたと尋ねている。
僕はまだだったので、食べさせてもらうことにした。やたら寡黙なカンちゃんの背中を押すようにして、居間に降りた。
さばの塩焼きと根野菜の煮物とほうれん草のおひたしと漬物と味噌汁。
台のうえは料理や食器で満員御礼。正方形のこたつのテレビに近い一辺だけ空席。
そのテレビでは、悲壮感を顔面に貼り付けた俳優が熱弁をふるうドラマが展開されていた。
どこかの家の熱い支持はあるかもしれない。けど、この家はもうじゅうぶん間にあっている。
突然部屋に閉じこもってしまった、優秀な受験生。
食事中でもふすまのむこうの店内から声がしたら、口のなかのものを飲み込むより早く立ち上がる、母親兼店員。
退院直後にケーキを携えて友人宅を訪問し、部屋の掃除をしてお昼をいただく、包帯の僕。
この現実が、どんなドラマよりも重い。
お客さんの相手を終えたおばさんと、ごはんを平らげたカンちゃんが鉢合わせした。
「克典」
おばさんの呼びかけがカンちゃんの足を止めることはなかった。
僕は慌てることなく、食事を続けた。
おばさんがこたつに入った。
日本茶を淹れてくれた。
おばさんの食器も空になっている。
小柳家が早食いなのか、僕のペースが遅いのか。
カンちゃんの部屋に行こうと、ピッチをあげた僕に、おばさんは言った。
「傷はまだ痛むのかい?」
「カンちゃん、顔洗ってきて。ひげ剃って。僕、掃除機取ってくる!」
「は!?」
返事も聞かずに階段を駆け降りた僕は、指示を追加した。
「あ、そうだ。窓も開けといて。空気悪いから」
やっぱり返事は聞かない。
店番のおばさんに声をかけて、壁に掃除機をがっつんがっつんぶつけながら階段をのぼり、ゴミ袋に片っ端からいろんなものを放り込んでいく。
赤い掃除機で畳の部屋をなでおえるころには、カンちゃんも顔をすっきりさせて戻ってきた。
階下でおばさんがお昼はどうしたと尋ねている。
僕はまだだったので、食べさせてもらうことにした。やたら寡黙なカンちゃんの背中を押すようにして、居間に降りた。
さばの塩焼きと根野菜の煮物とほうれん草のおひたしと漬物と味噌汁。
台のうえは料理や食器で満員御礼。正方形のこたつのテレビに近い一辺だけ空席。
そのテレビでは、悲壮感を顔面に貼り付けた俳優が熱弁をふるうドラマが展開されていた。
どこかの家の熱い支持はあるかもしれない。けど、この家はもうじゅうぶん間にあっている。
突然部屋に閉じこもってしまった、優秀な受験生。
食事中でもふすまのむこうの店内から声がしたら、口のなかのものを飲み込むより早く立ち上がる、母親兼店員。
退院直後にケーキを携えて友人宅を訪問し、部屋の掃除をしてお昼をいただく、包帯の僕。
この現実が、どんなドラマよりも重い。
お客さんの相手を終えたおばさんと、ごはんを平らげたカンちゃんが鉢合わせした。
「克典」
おばさんの呼びかけがカンちゃんの足を止めることはなかった。
僕は慌てることなく、食事を続けた。
おばさんがこたつに入った。
日本茶を淹れてくれた。
おばさんの食器も空になっている。
小柳家が早食いなのか、僕のペースが遅いのか。
カンちゃんの部屋に行こうと、ピッチをあげた僕に、おばさんは言った。
「傷はまだ痛むのかい?」


