ところが、今日の母はおかしなことを言った。
「ああ春都。あんたね、しばらく絵を描くのやめなさい。勉強の邪魔だから」
 僕の絵を20万で買い、自分の店に飾るような母が。
『得意分野を磨け』(母の教え・その2)と、いつも言っている母が。

「どうしちゃったんだよ」
 びっくりした僕は昇るはずの階段を一段踏み外し、すねをしたたかに打って、それはそれは痛い思いをしたんだけれども、それでも母の言葉が信じられず、母ににじり寄った。
「急に受験生の子を持つ親みたいな顔、しちゃってさ」
「みたいな、じゃなく、あんた実際受験でしょう。ワタシはね、なんでもいいの。あんたの人生なのよ」
 母さんは背中を向けた。おかしい。おかしい。
 だけど14年のつきあいで、母が一度決めたことは絶対曲げない主義だって知っているから、こっちがひくことにする。

「わかった」
 ウーロン茶のペットボトルとグラスをキッチンに運んだ。
「だけどアトリエにいろいろ持ち込んであるから、鍵かけるのは明日にしてくんない? それまでに片しておく」
 母がどんな顔しているのか見なかった。顔を見ることは、顔を見せること。
 母さんも僕と14年つきあっているからな。顔を見れば、見破ってしまう。
 一度決めたことは絶対曲げない主義——僕は母さん似だ。