「ああ春都。おかえり」
 ようやくマイクを手放した母がリビングに現れたのは、夕方5時半になるか、ならないかって時間だった。
 僕は着替えて簡単な食事を作り、勝手にすませていた。
「ただいまでもないけど、ただいま」

 母にウーロン茶をついでやると、うまそうにごくごく飲んだ。散歩帰りの犬じゃないんだから。
 母はもともと、勉学についてうるさく言うほうではない。
 だけど僕は一応受験生で、塾に行っていなくて、季節が10月の終わりともなると、事情も変わってくる。
 昔は業者テストがあって、学校ごとの志望者数に対して自分がどの位置にいるか、わかるシステムだったらしい。僕もそういう時代に生まれたかった。

 できる生徒はいい。受験戦争で正念場を迎えるのは、僕みたいなできの悪い子供だ。
 優秀な人は、ランクを下げるっていう最終手段がある。定員が決まっているから、ピストン式に押しだされてしまう。そうなったとき、僕はまちがいなくはみだし者だ。
 いくら教育に無頓着な両親とはいえ、さすがに中学浪人は認めないだろう。父なんか、『働け』って言いそうだ。
 小言を言われるまえに、さっさと部屋にこもろう(勉強するとは言ってない)。