倉井先生にとって僕は、いてもいなくても変わらない生徒だ。ただの40分の1。
 ずば抜けて成績が良いわけでもなく、素行不良で停学になったこともない。
 存在感だって、あまりないほうだ。目立つのは好きじゃない。
 細いわりに頑丈な体。去年の冬のことを先生は覚えているだろうか。

「風邪が流行りはじめています。みなさん気をつけてください」
 クラスに呼びかけた翌日から一週間、先生のほうが寝込んでしまったよな。
 みんなが口々に『だらしない』と言ったけど、僕はなによりも先生のことを心配していた。
 木枯らしにさえよろめきそうな、僕以上に細っこい体。抱きしめたら折れてしまいそうだから、そっと包みこみたい。
 そうだ。あのころにはもう、僕は恋をしていた。