「……はい。倉井です」
——僕のじゃなかった。
先生はパールホワイトの携帯を左手に持って、部屋の隅に移動した。
先生も着メロ苦手なんだ? 僕とおんなじおんなじ。
音楽さえかけていないから、その気はなくとも盗み聞き状態——なんていうのは言い訳。
倉井先生のことならなんだって知りたい僕は、先生の呼吸さえ聞き取る覚悟で耳を澄ました。
どんなにがんばってみたって、相手の声までは聞こえないんだけどな。
「はい。……いえ」
相手は友達じゃないな。
いや、倉井先生だったらたとえ恋人相手でも、ですます調を貫きそうだ。
「え? はい。……はい、いえ……え、あ……はい……」
なんかもう会話じゃないよな。
先生は『わかりました』と言って、携帯を切った。
しばらくそのまま動かなかった。
……先生?
「渡辺くん。送っていきます」
ぜんまいを巻きなおしたみたいに急にてきぱき身支度をはじめた先生は、はっきり言って変だった。
とろい印象しかないのに、いつの間にそういう身のこなしをおぼえたんだ?
っていうか、それだけすばやく動けるのなら、いつもそうすりゃいいのに。
なにも僕とふたりっきりのときに、そんなせかせかとさあ……。
「渡辺くん? ほら、上着を着てください」
「えー? もっとゆっくりさせてよ」
「ダメです」
「えー」
嫌だなあ、まだ帰りたくないよ。
「僕、泊まっていこっか……」
おちゃらけて言ったら、ものすごい目で睨まれた。
「それもダメです」
「けちー」
「けちとかそういうんじゃありません。電話が」
先生はおかしなところでいったん言葉を切り、僕の黒いコートを手渡そうとした。
「さっきも、ありました。ところで、それはなんのマネですか?」
僕は両手を横に広げて、笑って答えた。
「サラリーマン家族ごっこ」
「はい?」
「サラリーマン。僕の両親は月給取りじゃないし、スーツも着ないから……着なかったから」
僕が過去形に言い直すと、先生は自分のことのようにしゅんとした。
僕はなぐさめたほうがいいんだろうか。
しかしさー、この場合、どう考えたって、かわいそうなのは僕だと思うんだけど。
まあいいか。
「せんせー。僕の家庭のことやさかい、あんま気にせんといてやー」
「なんですかそのエセ関西弁は」
「うわ。すばやいツッコミ!」
——僕のじゃなかった。
先生はパールホワイトの携帯を左手に持って、部屋の隅に移動した。
先生も着メロ苦手なんだ? 僕とおんなじおんなじ。
音楽さえかけていないから、その気はなくとも盗み聞き状態——なんていうのは言い訳。
倉井先生のことならなんだって知りたい僕は、先生の呼吸さえ聞き取る覚悟で耳を澄ました。
どんなにがんばってみたって、相手の声までは聞こえないんだけどな。
「はい。……いえ」
相手は友達じゃないな。
いや、倉井先生だったらたとえ恋人相手でも、ですます調を貫きそうだ。
「え? はい。……はい、いえ……え、あ……はい……」
なんかもう会話じゃないよな。
先生は『わかりました』と言って、携帯を切った。
しばらくそのまま動かなかった。
……先生?
「渡辺くん。送っていきます」
ぜんまいを巻きなおしたみたいに急にてきぱき身支度をはじめた先生は、はっきり言って変だった。
とろい印象しかないのに、いつの間にそういう身のこなしをおぼえたんだ?
っていうか、それだけすばやく動けるのなら、いつもそうすりゃいいのに。
なにも僕とふたりっきりのときに、そんなせかせかとさあ……。
「渡辺くん? ほら、上着を着てください」
「えー? もっとゆっくりさせてよ」
「ダメです」
「えー」
嫌だなあ、まだ帰りたくないよ。
「僕、泊まっていこっか……」
おちゃらけて言ったら、ものすごい目で睨まれた。
「それもダメです」
「けちー」
「けちとかそういうんじゃありません。電話が」
先生はおかしなところでいったん言葉を切り、僕の黒いコートを手渡そうとした。
「さっきも、ありました。ところで、それはなんのマネですか?」
僕は両手を横に広げて、笑って答えた。
「サラリーマン家族ごっこ」
「はい?」
「サラリーマン。僕の両親は月給取りじゃないし、スーツも着ないから……着なかったから」
僕が過去形に言い直すと、先生は自分のことのようにしゅんとした。
僕はなぐさめたほうがいいんだろうか。
しかしさー、この場合、どう考えたって、かわいそうなのは僕だと思うんだけど。
まあいいか。
「せんせー。僕の家庭のことやさかい、あんま気にせんといてやー」
「なんですかそのエセ関西弁は」
「うわ。すばやいツッコミ!」


