オフホワイトのモヘアのセーターに、ウール地のチャコールグレーのパンツ。普段着の倉井先生を見るのは初めてだった。
「よかった」
「え?」
「家のなかでもスーツ着てたらどうしようかと思ったんだ。似合うじゃん」
「……ありがとう」
 
 入ってすぐ右にガスコンロと冷蔵庫。左のドアはトイレと風呂っぽい。
 床が続いて部屋の中央にテーブル。椅子は2脚。脚にキルティングが被せてある。
 窓際にベッドとカラーボックスの本棚。カーテンは淡いグリーン系の細かい幾何学模様。
 ゴールドクレストの小さな鉢植え。まとめて積んである新聞紙。
 あと、コンポにクローゼットに姿見にテレビ。その脇でオイルヒーターがフル稼働してる。
 もろ『ひとり暮らし』の部屋。
 だけど、足りないものがあった。絵だ。美術教師なんだから、ひとつくらい飾ってあっても不思議じゃない。
 聞いてみた。
「実家に置いてあります。最近は描いていません。ここは狭いから、換気しづらくて……」
 物質的に、僕って恵まれているのだと思う。
 家を新築するとき、アトリエを造ってもらった。絵の具だって、父が子供にお菓子を与える感覚でよく買ってきてくれた。
 整えられていた環境。幸せかどうかはともかく。

 豆腐みたいな形の白い壁掛け時計は6時をさしていた。そういえば腹が減った。
 そうだ。病人の倉井先生に飯を作ってやろう。
「せんせ、なんか食えるだろ? おかゆでもうどんでも、消化のいいものならさあ」
 倉井先生はなんかもごもごと言ったけど、そんなん無視。僕は勝手に冷蔵庫を開けた。
 納豆に目が行ってしまった。3個パックの小さいやつがひとつだけ残っていた。
 同じだった。僕の家と同じ。