チャイムを押した。教員住宅202号室。出てきた住人。僕は微笑む。にこ。
 うまく笑えただろうか。先生くらい、うまく笑えただろうか。
「渡辺くん?」
「入ってもいい?」
「えっ、こ、困ります。私が出ますから……」
「まいったな。倉井先生までそんなことを言う」
 世界のすべてが僕を拒絶して僕の存在を認めたくないと言っている。けれども拒絶することは対象を認識することでもある。
 やっぱり僕はここにいるんだ。必要とされていなくても、まぎれもなくここにいるんだ。
「どうしたらいい……」
「なにか……あったんですか?」
「いくところがないんだ。美術室も、自分の家も、カンちゃんのとこも」
「自分の家って……」
「僕はいらない人間だったんだ」

 もっと早く気づけばよかった。
『ハルオ』と『ミヤコ』で『ハルノミヤコ』で『春都』。
 名前からして、どうでもよさそうじゃないか。
 
「それとも、先生も、僕を切り捨てる?」

 涙目になっていたのは、冷たい風のせい。
 倉井先生はかすかに首を横に振り、僕を部屋に入れた。