彼方の蒼

 校内放送で呼びだされたのは、その5分後。
 教務室で来客を告げられ、画材道具(心境は家財道具)一式を携えたまま、職員玄関へ向かった。
 父だった。
 グレーのダウンジャケットを着込み、ジーンズをはき、手ぶらだった。
「よう」
と言うので、僕も、
「うん」
と答えた。
 滅多に会えない人だから、そのたびに『久しぶり』と言うのも、お互いおっくうになっていた。
 無駄なことをしない、簡潔なところが好きだなと思う。簡潔すぎて、たまに意味が通じないときもあるが。
 今日のはその『たまに』が該当するようだ。

「元気でな」
 元気だな、を聞き違えたのかと思った。おまけに頭をなでられた。天変地異だ。どうしよ。神様助けて。
 呆けている僕に構わず、父は言いたいことを言う。
「あのべっぴん先生を呼んできてくれ」
 女の好みも遺伝するのかな。
「は? なに、僕の用事ってそれだけなの?」
「ああ」
「休みだよ。なんか、体調悪いらしくて」
 父は少し間を置いて、
「そうか」
と言い、くるりと背を向け帰ろうとした。
 慌てたのは僕だ。
「ちょっと」

 上履きのまま、外玄関まで追いかけた。大股歩きの父は移動速度が速くて、あっという間に遠くなる。
 こちらを向く意思がないとわかったので、そのまま言った。
「今度は、僕が高校生になるまで会えないの?」
 移動が止まった。父は顔だけちょこっと向けて、白い息とともに返した。
「落ちるなよ。高校」
 手の甲をひらひらさせた。