このテクニック、恋がはじまりかけているふたりには有効だろうけど、僕と倉井先生のような関係性のできあがっているペアには苦笑しかもたらさなかった。
「あいつね、気配り上手のいいヤツなんだ。僕が倉井先生のことを話してなかったばっかりに、こんなことしてくれちゃって」

 横断歩道のあちらを小走りでゆく小柄なカズオミくん。
 まぎれもなく、今の学校での一番の親友だ。
 なのに、倉井先生への出口の見えないこの恋を一度も打ち明けたことがなかった。
 なんでもしゃべっていると思っていたのに――そのことが僕には少なからずショックだった。

 ごめんなさい、という声にはっとした。僕の身体に緊張が走る。
 倉井先生は僕に向かってもう一度、
「ごめんね」
と言った。

 僕を食い入るように見つめていた。
 あまり見たことのない種類の真剣なまなざしだった。

 店に一緒に入れないという意味もあったんだろう。
 けど、そればかりではないのだと、瞬時に悟った。
 悟りたくなんてなかった。なんでわかっちゃったんだろう、僕。


 これまでは、相手にされないことばかりだった。
 からかい口調で、中学生の性欲につきあってられませんと言われたこともある。
 らしくなく、ぶっきらぼうなその対応が好きでわざと僕はどんどん迫っていたっけ。

 それが――どうだろう。
 僕の成長を待っていたかのようだった。
 ああ僕、今がそうなんだな。
 振られているんだな、と思った。