彼方の蒼

 帰りの車のなかで、僕はブツブツと悪態をついていた。
 銀のセダンの運転席から、母の笑い声がする。
「あんた、あの先生にずいぶんと入れ込んでいるみたいね」
「わかる?」
「そりゃあね。あんたの母親だし、仕事柄いろんな人間、見てきたもの」
 僕は腫れている左頬をハンカチで冷やしていた。口の中はまだ流血している。
 母ちゃんに殴られた。
 いや、母ちゃんに言わせたら『あんまりだらだらと話が続いていたから、さっさと終わらせたかった』のだそうだ。
 その読みどおり、倉井先生は慌てふためいて、僕らのあいだに割ってはいった。
 先生は最後の最後で僕の味方をした。ラッキー。
 ……けどなあ、殴りかたが半端じゃなかったぜ、母さん。

 嘘をつくことが悪いんじゃない。ばれるような嘘をつくことが罪なのだ。どうせなら、徹底的にその嘘を貫きとおせ。
 ——これが、めったにふたりそろわない僕の親の基本観念なのだからすごい。

 感情がすぐに言葉に出てしまう僕は、本当にこの親たちの子供なんだろうかと思うときがある。
 だけど、齢14にして、そんな世渡りを会得したくない。
 思うまま、気持ちのままでいたい。
 いつか、偽りで本音を隠さなくてはいけないときがくるとしても、とりあえず今はこのままで。