沈黙のなか、僕は冷や汗をかいていた。
粒にならない、気体の汗だ。そんなもの、ありえないのかもしれないけれど、僕的にはぴったりの表現。
この圧力。女って強いよな。最強だよな、母親ってさ。
「あの、渡辺さん。あんまり叱らないであげてください。受験生というのは、私たちの想像以上に、追い詰められた気持ちでいるんです」
倉井先生も、フォロー入れるくらいなら、はじめからチクルなよ。
——12月のなかば、受験生の三者面談の、最終日。
教室のまんなかに設えた席で僕ら渡辺ペアと倉井先生は対面した。
僕はかねてからの予想通り、二瓶東でケバい女子高生とラブラブなハイスクールライフをおくることになりそうだった。平均以下の偏差値みたいな中間テストの点数を前にしたら、とてもじゃないけど高遠なんて、本当にレベル高くて遠いよ。
僕は終始無言で、倉井先生進行の面談につきあっていた。母も学校のことはからっきしわかってないから、こめかみを押さえて頭痛をこらえ、口に手をあててあくびをこらえていた。
僕はそこまで露骨なことはしなかったさ。一応、自分の将来の話だ。
平凡な人生とはいえ、学校パンフで紙ひこうきを折って、より遠くへ飛んだところを志望するようなことはしたくない。……冗談みたいだけど、うちの母ちゃんならやりかねない。
で、最後、左腕の高級時計をちらちら見ながら終わりを待つ母に、倉井先生はにべもなく言ったのだった。
「放課後にあれだけの絵を描いていたら、お家に帰ってからは集中力が持続しないでしょう?」
僕に向けられた言葉。ピクリと反応したのは母。
「なんのことです? 先生」
僕は天を、天井を仰いだ。あと数十秒で終わるはずだったのに、先生は戦いのゴングを鳴らしてしまった。第二ラウンドだ。
粒にならない、気体の汗だ。そんなもの、ありえないのかもしれないけれど、僕的にはぴったりの表現。
この圧力。女って強いよな。最強だよな、母親ってさ。
「あの、渡辺さん。あんまり叱らないであげてください。受験生というのは、私たちの想像以上に、追い詰められた気持ちでいるんです」
倉井先生も、フォロー入れるくらいなら、はじめからチクルなよ。
——12月のなかば、受験生の三者面談の、最終日。
教室のまんなかに設えた席で僕ら渡辺ペアと倉井先生は対面した。
僕はかねてからの予想通り、二瓶東でケバい女子高生とラブラブなハイスクールライフをおくることになりそうだった。平均以下の偏差値みたいな中間テストの点数を前にしたら、とてもじゃないけど高遠なんて、本当にレベル高くて遠いよ。
僕は終始無言で、倉井先生進行の面談につきあっていた。母も学校のことはからっきしわかってないから、こめかみを押さえて頭痛をこらえ、口に手をあててあくびをこらえていた。
僕はそこまで露骨なことはしなかったさ。一応、自分の将来の話だ。
平凡な人生とはいえ、学校パンフで紙ひこうきを折って、より遠くへ飛んだところを志望するようなことはしたくない。……冗談みたいだけど、うちの母ちゃんならやりかねない。
で、最後、左腕の高級時計をちらちら見ながら終わりを待つ母に、倉井先生はにべもなく言ったのだった。
「放課後にあれだけの絵を描いていたら、お家に帰ってからは集中力が持続しないでしょう?」
僕に向けられた言葉。ピクリと反応したのは母。
「なんのことです? 先生」
僕は天を、天井を仰いだ。あと数十秒で終わるはずだったのに、先生は戦いのゴングを鳴らしてしまった。第二ラウンドだ。


