車の急ブレーキの音。
だれかの叫び声。


「ハルト・・・?」


さきほど微笑みを見せたモノが赤く染まっていくのが見えた。
最後に動く口元に。



  “好きだ”



言葉が音にならずに途切れ、誰かが私の視界を手でふさいだ。
見ちゃダメだよ、というオバさん声が聞こえる。

何が起こったのかなんてわかるはずもなくて。
なのに、体だけは無常にも反応して、いつのまにか頬は濡れていた。

口は、ハルトの名を叫び続け、伝えられなかった想いが、もう届かない空っぽの身体へと響いた。
いつのまにか救急車のサイレンが聞こえ始めて、緩んだ手を外し、周りを見渡す。

そこらじゅうパトカーや救急車で埋まっていて、目の前にあったのは、血まみれの体。
虚ろになった目はまだ、私を見ていて。

「・・・ねぇ、大丈夫?ハルト」

自分でもわかるほどの涙声で呟くと、

「これがっ、大丈夫に見えるとは、お前もアホだな」

「そうだ、ね」

「まあ・・・そん、な、お前が、俺は好きだ、よ」

微笑んだハルトに、私も、微笑む。

「そう、私もだよ」

「ありがと、な」

そういって、ハルトの目は閉じられた。
いつのまにか周りには、警察や救急隊員が立っていた。

もう手遅れだったのだろう。
救急車は二台来ていたはずだけれど、出てきているベッドはひとつだけだった。

私は、目を閉じたハルトをもう一度だけ目に焼き付けると、立ち上がった。


✽✽✽✽✽


その後、私は右腕の治療を受けた。

最後まで伸ばし続けていた右腕は粉砕骨折していて、全治三ヶ月だった。
それがまるでハルトのいた証のようで、私は手術を辞退した。


ハルトの葬儀には出なかった。

私以外のクラスメイトは出たらしいし、ハルトの両親も私を待っていたらしかったけれど、
それはあまりにも辛すぎて、私に出ることはできなかった。

ハルトの両親宛に手紙を書き、
亡くなった状況と謝罪の言葉をしたため、私はハルトという存在が消えたことを認めた。



それから、私はいつも通りの日常を過ごし始めた。

毎朝、決まった時間に起きて、ご飯を食べて、学校に行った。
放課後は、家に帰り、ずっと読書をしていたり、した。

変わらない日常。

まるであの事件がなかったかのように私は日常を淡々と過ごした。
ただ、変わってしまったのは、

私の隣の席に、毎日花瓶が置いてあることと、

歌うことが、辛くなったということ。