「戻れるのよね？わたし、人間に戻れるよね？」

こうやって一つ一つ人間らしさを失っていく。そしていつかは自分が人間であることすらも忘れて、河童になってしまうのだろうか。

この間まで母の料理を美味しいと感じていた味覚を失ってしまった。
次は何を失うのだろう。

早く、一刻も早く人間に戻りたい。家族に、友達に会いたい。

涙が溢れてきた。
目がうるんで周りが見えなくなる。茶色いテーブルに大粒の滴が落ちてシミを作っていく。

ふと肩を叩かれて顔を上げるといつの間にか背後にフィロンがいた。

「こんな時にこれを渡すのは自分でもどうかと思うけど...」

そう言って渡されたのは緑の甲羅。

「ルナンシーの新しい甲羅、用意していたんだ。クローゼットの中に入れておくから。」

大きなスライド式のドアを開けてそれをそっとしまった。

「戻れるよ。人間に戻れる。...なんて不確かなことは自信持って言えないけど、信じていようよ。信じていなくちゃ何も叶わないから。僕は君が人間に戻ることを信じているからさ。せめてそれまでは一緒に楽しく生きて行こうよ。」

黄色のハンカチを差し出して、これは僕からの初めてのプレゼント、と笑う。

「無神経だったらごめんね。昔からよく言われるんだ。けど底の見えない不安についてはただ悲しんでいるだけよりは無理にでも笑ってた方がいいかなと思って。」

その言葉につられていつの間にか涙はひいて心にほんの少しだけ明かりが差していた。