「僕が名乗ってるわけじゃないんだけど、気づいたらそう呼ばれてた」

「っはぁ⁉︎」

カンナヅキは、思わず叫んだ。
カンナヅキの顔を見てまたクスクスと笑い出す男の子に、自分はそんなに間抜けた顔をしたのか、と気づき羞恥心が襲う。
否、羞恥心などどうでもいい。カンナヅキの気持ちはそこまで来ていた。

「っじゃあ、私の事、覚えてる…?」

咄嗟に出てきた言葉だったが、カンナヅキ自身、聞くのが怖かった。
お姉さん、と呼ぶあたりから覚えてはなさそうだったが、勝手に都合のいいように考えた。
覚えてるかも。覚えてるに決まってる。覚えてなくても、すぐに思い出す。
そんな不安と希望が入り混じったカンナヅキに、男の子は少し暗い顔を向けた。

「…ごめんね」

否定の言葉を直接紡がずとも、謝罪の言葉で全てを悟らされる。
覚えてない、つまりそういう事だ。

「僕はね………記憶喪失なんだ」

紡がれた思いもよらない言葉に、カンナヅキはただ驚くしかできなかった。
否、カンナヅキに幸いだった。忘れられた、のではなく忘れるしかない、そう考えるとカンナヅキは少し喜んでしまった。

「え…でも」
「詳しい事は僕のギルドで話さない?…僕の記憶が少しでも、戻るかもしれない」
「まさか…ギルドって」

「風神」が所属するギルド。すなわち、カンナヅキが所属したいと願っていたギルド。
男の子は、あれ、言ってなかった?と苦笑いをした後、灰色のマフラーをはずした。

そこには、魔道士ギルド
「天使の誘惑」<ハニーエンジェル>
の紋章が刻まれていた。