静かなエレベーターの中、わたしは1人懐かしい歌を口ずさむ。


曲に乗って踵を上下させると、持っていたスーパーの袋がガサガサと音をたてた。


やがてエレベーターが目的の階に到着し、部屋に向かうと、わたしの部屋の前に怪しい人影が見えた。


思わず足を止めると、途切れた足音に反応した彼は振り向いた。


「……おかえり、寧々(ねね)ちゃん。今日は何作る?」


子供のように無邪気に笑う笹谷 蒼生(ささや あおい)くんだけれど、やっている行為はまるでストーカーだ。


わたしは盛大にため息をつき、じっとりと蒼生くんを睨んだ。


「……蒼生くん、何度も言うけど家の前で待ち伏せなんてしないでよ。」

「だって寧々ちゃんってば、俺が来ないと呼びに来てくれないじゃん。

 独り占めしようなんてそうはいかないよ。もうコンビニ弁当なんか食べられないんだから。」


蒼生くんはそう、まるで子供のように唇をとがらせた。


渋々、といった形で扉を開けたけれど、本当はこの時間が、わたしにとって毎日楽しみで仕方がなかった。


先に靴を脱いで廊下を進もうとすると、後ろでまだ靴を履いたままの蒼生くんが、突然わたしの手を掴んだ。


「寧々ちゃん、いい加減素直になりなよ。いっつもちゃーんと材料2人分用意してるくせにさ。」

「……なっ、違うもん!今度使うんだもん。」


核心を突かれたわたしは、蒼生くんからぷいと顔を逸らした。


蒼生くんはくす、といたずらっぽく笑っている。


……どうやらこの人には、全てお見通しだったらしい。


知らないふり、してくれたっていいのに。