「かのヴァイオリンは、高音部と低音部が同じ楽器から奏でられる音とは思えぬほど、艶やかで妖しい音色を響かせると言われている」

「不思議なヴァイオリンですね」

「それ故か、誰でもが弾けるヴァイオリンには非ず。扱いの実に難しい楽器だそうだ。1759年、ガタニーニが窮地の中で製作した作品だ。この年に製作されたガタニーニの作品は本来、評価が低い」

「そんな、年によって評価が変わるなんて」

「だが……コレクターや専門家の間では、あの『シレーネ』だけは別格だと言われいている代物だ。数千万とも値段はあってないとも、言い値でいくらでも値がつくとも言われている」

「……、……」

コルキは言葉を失い、梅サクラを見つめ立ち尽くした。

「こそ泥ごときに価値がわかるとも思えぬ……音色の価値を知らない者には、ただのヴァイオリンに過ぎぬがな」

「あ……あの、彼は何者ですの?」

コルキは絞り出すように訊ねる。

「見た目には普通の学生だが……対面して感じた。あの者は底が知れぬ」

「う、梅様でも視えないほどの!?」

コルキはあんぐりと口を開け、離れの棟を振り返った。