「色々言ってるけど、ゆきは妹が好きなんだな」
「はい!?」
いきなり何を言い出すのか。
「………どうしてそうなるの?」
「あんたは一度も妹の悪口を言っていないだろ」
「気のせいですよ。私、妹のこと、苦手ですもの」
「『さち。』の本、全巻揃ってたろ」
「あれは…作品に罪はないから。………献本をもらっただけで、私が買ったんじゃない」
「サインも飾ってあったな」
「それは、……失敗作を押し付けられただけ」
「嫌なら、寮にまで持って来ないはずだろ」
「………何でだろうね?」
反論の言葉がでなかった。
私、口喧嘩とか、苦手なんですよ。
「お前はゆきだ。妹にはなくて、ゆきしか持ってないもの、あるだろ」
「ないよ」
これには即答できる。
勉強も、運動も、容姿も、文才も、何もない。
何度、悔しい思いをしたことか。
今ではもう、努力する事を諦めた。
「あるよ」
「ないですよ」
そんな自信を持って言われても、褒められるようなことなんて無いんですよ。
卑屈で矮小な人間ですから。
「俺はあんたの友達だ。俺という友達があんたにはあるよ」
「………何ですか、それ」
「他にもあるぜ。女顔にホモ、双子に大家さん、ここにいる皆が、あんたのこと大事な友達だと思ってる」
ちゃぶ台を囲む皆の顔を見渡すと、皆、笑って頷いてくれた。
アレな扱いをされた青木君と中島君の顔は、少し歪んでいたけれど。
「無いものばかりを追わなくていい。捨てていこうとしなくていい。有るものを大切にしていけ。大切なものは増えていくから」
「でも……こんな私に、皆さんの側にいる資格なんてないですよ」
「何人があんたから妹に乗り換えたか知らないが、俺たちはいつまでもあんたの味方だ。資格なんて、風花寮に一緒に暮らしてるってだけで十分なんだよ」
瞬間、乱暴に頭を撫で回されたのに、なぜか無性に泣きたくなった。
「北山さんの言う通り、私達は家族で、親友です」
大家さんの声と共に、背中を優しく撫でられる。
「福井さんは、ボクの気持ちをわかってくれる数少ない友達だよ」
「福井氏は、同志でありますぞ」
アキ君と青木君に手を握られ。
「兄さんとの仲を邪魔しなければ何でもいい」
「りおちゃんとの仲を応援してくれる第一人者」
シュウ君と中島君には、少なくとも、嫌われているわけではなさそうだ。
「………みなさん、ありがとうございます」
それから、私の気持ちが落ち着くまで、頭を撫でて、背中を撫でて、手を握ってくれた。
どれくらいそうしていたか。
顔面に冷たいタオルを押し当てられた。
その力に逆らう事なく顔を上げると、タオルの隙間から不機嫌なシュウ君が見えた。
「そろそろ兄さんを返せ」
「……すみません」
謝るほかなかった。
「シュウ、なにするの!?」
「落ち込んだところで何も変わらないだろ。なら、兄さんをボクに返す事がよっぽど有益だと思わない?」
「バカ! 人には、落ち込まなきゃやってられない時があるんだよ!」
アキ君は、私をかばって兄弟喧嘩を始めたが、弟は兄を取り返して満足そうだ。
「じゃー解散! おいで、りおちゃん!」
両手を広げる中島君に、青木君が奪い取った本の角で殴りかかった。
2箇所で繰り広げられる痴話喧嘩のやかましさときたら。
………自分だけ暗い気持ちでいるのが馬鹿らしくなってきたわ。
顔に乗ったタオルを裏返し、目元を拭う。
「もう、大丈夫のようですね」
「はい。すみませんでした、大家さん」
「いいんですよ、若者は悩むものです」
2つしか変わらないはずですが、さすが大家さん、達観してらっしゃる。
「さて、寮を壊しそうな2組を止めてきましょうかね」
言って、大家さんは立ち上がりキッチンに向かった。
どうか、刃物ではありませんように……。