「福井さん、お客様ですよ」

「私に? 誰でしょう……」

思い当たる人物はいないが、出ないわけにはいくまい。

食べかけの魚と箸を置いて、玄関に向かう。
でも、友達もいない私に、いったい誰が会いに来ると言うのか。

クラスメートには嫌われていて、唯一の話し相手、青木君はここにいる。
いくら考えても分かるわけがない。

まあ、行けばわかることですがね。

角を曲がり、来客の顔を認識できる場所まできて、足が止まった。

そこにいたのは、ほんの4か月ほど前まで毎日顔を見ていた人物だったからだ。

「やっほー、姉ちゃん元気してた?」

「………………さち、どうしてここに……?」

「ちょっと渡したいものがあってさ。遠回りになるから面倒だったけど、来てよかったわ。さっきの人、めっちゃ顔良かった!」

彼女の声が弾んでいるのは、大家さんのおかげか。

手招きされるまま、重たい足を動かす。
手を伸ばせば届く距離に立つと、彼女の顔は鋭くなった。
大家さん効果が切れた……。

「なんでそんな嫌そうな顔するん」

「………してない…」

「すーぐバレる嘘つく。口元動いてるで」

「……………」

反論できず、唇を噛んだ。

「………まあいいや。これあげる」

差し出されたのは、長形3号の茶封筒。
反射的に受け取り、中身を見ると、何かのチケットが2枚入っていた。

「明日の映画のチケット、舞台挨拶付き」

「見せてくれてありがとう。返す」

「あげるよ。この時間、用事があって行けないんだよね。空席出すわけにもいかないし、代わりに行って」

何とも勝手な。

私の都合はお構いなしか。

「さちのもらったチケットで、私が行ったとして、お呼びじゃないって追い出されるんじゃない?」

「平気平気、担当さんも友達誘ってって言ってたもん」

それは、さちと、その友達とってことでしょう。

言葉の揚げ足をとる、ひどい屁理屈だ。

きっと担当さんに何か言われたら……言われなくても。
悪い姉にチケットを奪われたんですー。
とか言ってまわるに違いない。

「俳優より、推しに出て欲しかったわ。そしたら何があっても行ったのに」

「明日は、その推しのライブに行くんでしょ」

「当然。せっかく当たったんだもん。たとえ学校だったとしても、空席は作らない!」

適当に言ったのに、あっさり肯定された。

私の発言力なんてカスほどもないから、取り繕う必要がないのでしょう。

「そーゆーわけだから、よろしく。じゃ」

チケットの返却を受け付けず、妹は足取り軽く風花寮を出て行った。

「………………じゃ。て、言われても………」

どうしろというのでしょう。
命令通りに行けと?
わざわざ晒されに行けと?

……胃が痛くなってきた。

かといってチケットを捨てるわけにもいかず、とりあえず居間に戻る。