「中島君! これ、読んだよ、ありがとう」

アキ君が『同居人のイケメン達に愛されすぎてますが、本命はこの中にいません。』を返却したのは、映画公開前日の朝だった。

「どういたしまして。どう? 面白かった?」

「とっても! どきどきしたよ」

アキ君の後ろでは、ご飯茶碗片手に、恨めしそうに本を睨むシュウ君がいた。
それに興味を示したのは、中島君の横に立つ青木君だ。

「双子弟は本にさえ嫉妬する、と。……兄さんがドキドキするのはボクだけでいい。………ってことですねハアハァ」

「五月蝿いメガネ。兄さんはボクの膝の上で、ボクに凭れて本を読んでたんだ。とても幸せな時間だったよ」

「視線は本でも、身体はボクのものって?」

瞬間、凄むシュウ君を目の前にして、幸せそうに溶けた顔をする青木君。

「なにその独占欲萌ゆる」

想定外の反応に、怒りが行き場を見失ったように、彼の眉間に深いシワだけが残された。

「……………変態……」

「変態で結構。変態は褒め言葉。変態という名の紳士。それが、愛の観測者たる僕の事さ」

「シュウ、青木君をいじめたらだめだよ。暑さでバカになってるんだから、かわいそうでしょ」

「兄さんがそう言うなら」

中島君との話しが終わったのか、アキ君が止めに入る。
それで納得するシュウ君もだけど、アキ君の暴言がすごい。

「毒舌ショタごちそうさまです! ムフフ、クフフフフ…」

息を荒くしてメガネを曇らせる青木君は、アキ君の言ったように、暑さで紳士が加速しているようで。

こんな青木君を見てると、千年の恋も冷めそうではないかな?

中島君の様子を窺うと。

「欲に忠実なりおちゃんもかわいいよね」

全肯定だった。

これこそりおちゃん、とでも言いたげに微笑みを浮かべている。

……そうでしたね。

青木君は初めからこういう人でしたよね。
外では根暗ガリ勉眼鏡に擬態してるけど、本性全開にした今、風花寮では萌えに生きる腐男子でしたね。

この本性が受け入れられるなんて、そんなこと2度は無いよきっと。
中島君の事、大事にしなきゃだめだよ。
いつまでもお幸せに。

と、ふたりに合掌していると。

「福井さん、もうごちそうさまですか?」

「………すみません、いただきます」

厨房からご飯と味噌汁を持ってきた大家さんに勘違いされた。
私は箸を持ち直し、魚をほぐす作業に戻る。

「中島さん、青木さんも。朝ご飯の用意ができましたよ」

「ありがとー、大家さん」

「僕、朝から萌えでお腹いっぱいごちそうさまで…」

「はい?」

「りおちゃんストップ、相手は大家さんだから!」

「もうお腹ぺこぺこ大家さんのご飯楽しみだなぁーだから本たち捨てないで!」

般若を覗かせる大家さんに、青木君は跪いて許しを請う。

「ふふふ、なにも言っていませんよ?」

天女の微笑みと、背負う般若の共存は、当事者以外の背筋にも寒気が走る。
食べ終わった北山君がそっと冷房を消した。

エアコン代の節約になるねぇ、大家さんはエコだなぁ……、なんて言ってる場合か。
中島君と青木君の顔色は悪く、冷や汗を大量に流している。
不思議そうな顔をしたアキ君の隣で、シュウ君は他人の不幸を喜んでいた。

居心地が悪いんですが。
ええとっても。

咀嚼音すら憚られるほど、静まり返った室内に、インターホンがやけに大きく聞こえた。

「はーい、今行きます」

大家さんが般若を消して、居間を出る。

瞬間、蛇に睨まれていた蛙たちの緊張が一気にほぐれた。

「はああぁぁぁ………。怖かった………」

「僕の本たちは守られた………」

「チッ……。もっと怒られればよかったのに」

「シュウ、ひどいこと言ったらダメだよ」

私は、口の中で微妙な柔らかさになったご飯を、味噌汁と一緒に流し込む。

次に、ほぐした魚を口に入れようとしたら、来客の対応に出ていた大家さんが戻ってきた。