掃除をやり始めた視聴覚室を退室し、歓声の廊下を抜けて、次の見回りは体育館。

数人の生徒が各々のモップを隣同士くっつけて、こちらに来るところだった。

隣と隙間ができてしまうと、そこにホコリが残ってしまう。
モップがずれないよう、下ばかり向いていた彼らは、視界の端にゴールを見たのだろう。
顔を上げて、固まった。

「…………ぇ、せいとかいちょう?」

「生徒会長がなんで……」

「本物かよ……」

ひとりの呟きを皮切りに動揺が広がるなか、小首を傾げる小柄な男子生徒がいた。

「あれ? 大家さん?」

「制服着てるけど大家さんだね」

それに肯定する長身の男子生徒は、大家さんを睨みつける。

「どうかしたんですか?」

「またボクと兄さんの邪魔しに来たの?」

園田双子は体育館担当だったらしい。

クラスは違うけど、体育館は広いから2クラス合同なのだと手元の資料にあった。
同じクラスで人数を増やさず、他クラスと混ぜるところに、学校側の気遣いを感じる。

同じクラスの中で孤立するより、他クラスも混ざり孤立する方が目立たない。
ぼっちでも大丈夫と言われている気がする。

……クラスメートに全て押し付けられそうになった私の言えたことではないな。
いや、あれは他クラスが混ざらなかったから起きた悲劇なのだ。
きっと、他クラスが混ざれば、あの集団は……他クラスの人と一緒になって、押し付けるかもしれない。
あれ? 私って、パシられ属性あったっけ。

内心で首を傾げている間に、大家さんは天女の微笑みを浮かべて、体育館の生徒達に問いかける。

「生徒会の仕事です。皆さんの様子を見に来ました。なにかお困りごとはないですか?」

「アンタがここに来ることが困りごとだよ。せっかく兄弟仲良くモップしてたのに」

「成程、怯えて見えたのはシュウさんの圧力ですか」

怯える?
どういうことでしょうか。

大家さんを盾にして見ると、双子以外の表情が硬い。
緊張しているようで、まるで視聴覚室の軍隊だ。

「圧力? なんの話?」

「何でもないよ兄さん。そこの大家の勘違い。……だよね皆」

「はいっ、勘違いであります!」

シュウ君に視線を向けられた男子生徒が背筋を伸ばして答えた。

なるほど、シュウ君による調教の行われた後ですね。

「貴方はどうしてそう、周りを威嚇してばかりなんですか」

「ボクは兄さんに悪い虫がつかないよう見張ってるだけだよ」

「それで兄弟仲が悪くなったのを忘れましたか?」

「悪くなってない」

「もっと穏やかな交流はできませんか?」

「兄弟喧嘩は仲を深めるのに必要な儀式って、七三眼鏡が言ってた。………大丈夫、今度は上手くやるから」

小声で言った後半の内容が怖いです。

「貴方のそれは、兄弟喧嘩の範疇を超えています」

「何の権利があってボクに説教するのかな」

「私は、貴方達の保護者ですから」

「はぁ?」

「アキさん、ここに来てから、他の皆さんとお話ししましたか?」

「? シュウとしか話してないよ」

「せっかくの2クラス合同なのですから、交流を深めてはいかがでしょう。アキさんも、皆さんと仲良くしたいですよね」

「うん、仲良くなれたら嬉しいな」

「だ、そうですよ」

「チッ、余計なことを……」

最愛の兄を味方につけた大家さんの優勢。

先日のこともあるので、正当な理由もなしにアキ君を否定することはできないのだろう。

体育館組は、シュウ君と対等以上に渡り合う大家さんをキラキラした目で見ている。

「……でもさ、会長が私語を容認していいの?」

「いい仕事をするには、雰囲気づくりも大切です。ギスギスしていては、いい結果もだせません。手を止めないのであれば、多少の私語も許容されるべきかと」

苦し紛れのシュウ君の反撃もあっけなく返り討ちにあった。

「他に質問は」

「………」

「無いようでしたら、こちらから質問です。少々人数が足りないようですが、他のメンバーは………」

大家さんの問いに反応した体育館担当生徒達の視線の先は。

「……倉庫の方ですね」

優雅に髪を揺らしてモップの通った跡を歩く。
倉庫の取っ手に触れてから。

「シュウさん」

呼ばれたシュウ君は嫌そうに大家さんの横に行き、ポケットから出した鍵を渡す。

「失礼しますね」

受け取ったそれを鍵穴に差し回す。

「ウォラアアァッ!」

扉を開けると同時に、中から人が飛び出してきて、半歩下がった大家さんが片手でいなす。

「園田ァッ!」

続けて出てきた大柄な生徒が拳を振り下ろすと、大家さんはその勢いを利用して投げ飛ばす。

「ヴッ……」

「グェッ!」

彼は先に飛び出た彼の上に不恰好に着地した。

「閉じ込めやがってタダで済むと思うなよ!」

次に出てきた大柄な生徒は、振り下ろした右拳を己の背中に回され床に叩きつけられた。

「グゥッ……」

彼の右手首を押さえつけたまま、大家さんはその背に腰を下ろし、長い脚を組む。

流れるような一連の動きに、私たちは音を立てずに拍手を送った。

「……………私はシュウさんのことを、勘違いしていたようです。……やり方はいただけませんが、皆さんを守ろうとしたんですね」

「私も。てっきり、アキ君に近付くな的なあれだと思ってました」

「……そんなわけないだろ、なぁ、皆」

アキ君の前に立ち、周囲を威嚇するシュウ君。

「はいっ!」

「牽制とかされてないであります!」

彼らは揃って敬礼する。
牽制されていると認めているようなものだ。

アキ君も、無邪気に真似して額に片手をかざす。
可愛い。

「さて、話を聞かせていただきましょうか。なぜ、いきなり殴りかかってきたんですか?」

「誰だって、閉じ込められたら暴れるだろ! 先に仕掛けてきたのは園田だ!」

大家さんの尻に敷かれている生徒が叫ぶ。
閉じ込められたら逃げ出そうとすることは、至極真っ当だ。

「お前らみたいな素行が悪い奴ら、かわいい兄さんに近付ける訳ないだろう!」

シュウ君の言い分に大家さんも頭を抱えた。
アキ君に近付くなのあれだ。
原因は紛れもなく園田シュウである。

「シュウさん、何もないうちから閉じ込めるのは良くないです」

「何かあってからじゃ遅いよ。こいつらはその手の常連だ。何もしないなんてありえない。ボクの兄さんが汚される」

「ですから、推測は良くありません」

大家さんとシュウ君が口論する中、アキ君が団子状になっている不良達に近付く。
威嚇する不良に敵じゃないよと微笑みながら、ポケットから出した物を差し出した。

「うちの弟がごめんね。……これ、使って?」

ハムスター柄の絆創膏。
可愛い。

「兄さん、そいつらに近付いたら危ない!」

「シュウ、大家さんが言ってたでしょ。皆仲良くって」

絆創膏を不良ふたりに握らせてから、大家さんに敷かれている不良の顔にブルーサファイアハムスターを貼る。

「テメエこんなもん貼りやがってふざけんな!」

再び暴れ出そうとしたところを、より強く大家さんに抑えられるが。

「お近づきのしるしだよ」

「、ぁ…………」

アキ君の無邪気な笑顔に毒気を抜かれたように大人しくなった。

「みんな仲良く、おしゃべりしながら掃除しよ?」

おどおどしていたアキ君はもういない。

この瞬間、体育館担当生徒達はアキ君の従順な僕と化した。

「それじゃあ兄さん、モップの続きしよう」

「おい園田! しれっとアキ君の隣に立つな!」

「何言ってんの。さっきも隣だったでしょ」

「場所替えを要求する!」

「ここは平等に!」

「ボクは兄さんの弟だよ」

「たとえ弟でも抜け駆けは許さん!」

「学校では俺たちに譲れ!」

「みんな仲良くていいなー。ボクも混ぜてー」

「………………」

アキ君の一言に、喧嘩が止まる。

彼らはお互いの顔を見合わせてから。

「………一時休戦だ」

「仕方ない」

「後で体育館裏な」

「逃げるなよ」

「そっちこそ。望むところだ」

不穏な空気は漂いつつも、まとまりを見せた体育館組。

大家さんに手で外に出るよと合図をされたので、そっと体育館を後にした。