答えを持ち合わせていない私は、ただ一点。
湯呑みから登る湯気だけを目で追っていた。

「………兄さんが……」

一番に口を開いたのはシュウ君だ。

「兄さんが、そこの女に誘拐された」

「ほあぇ!? っ、ゲホゴホッ…」

驚きのあまり変な声が出た。
固まった喉から無理やり引き出されたせいで、咳き込む。

そこの女とは、十中八九、私の事でしょう。
が、身に覚えがないのですが。

むせ込みが軽くなってから、目の前のお茶を一気飲みする。
空になった湯呑みに、北山君がぬるめのお茶を注いでくれた。

「誘拐?」

疑問を大家さんが代弁してくれた。
シュウ君は私を睨んでくる。

「少し目を離した隙に、兄さんが消えてたんだ。貴様が連れ出したんだろう!」

「なっ、ぁっ……」

連れ出した?
一緒に帰っただけですよ。
それが連れ出したになるのですか!?

言いたいことはあれど、喉の奥で詰まって声にならない。
何か言おうと咳払いをしていると。

「違うっ、ボクが誘ったんだ!」

アキ君がシュウ君に掴みかかる。

「兄さん、いきなりどうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。この際ボクも言わせてもらうよ! もう兄さんって呼ばないで!」

「何言ってるの、兄さんは兄さんじゃないか」

「産まれたの、ほぼ同時だよ! なのになんで、シュウの方が優秀なの!? シュウの名前は優秀の秀!?」

「違うよ兄さん。ボクは兄さんとお揃いの季節の秋だよ」

「なんで優秀の秀じゃないんだよ!」

「兄さんと同じ秋で嬉しいよ」

「ボクは嫌だよ、同じ秋なのに、ボクは何も出来ない………」

シュウ君の胸ぐらを掴むアキ君の手が、力をなくして膝に落ちる。

「……チビだし、勉強も出来ないし、運動も出来ないし、ないものばかり………」

「そんな、他人のくだらない評価が兄さんを苦しめてたんだね」

「くだらなくなんてないよ!」

「兄さんは自分の魅力をわかってない」

シュウ君はアキ君の手を、愛おしそうに両手で包む。
そして、目を合わせて甘く溶けた顔をした。

「兄さんは可愛い。可愛い兄さんを、守りたい輩は大勢いる」

「ボクは、弟に面倒見てもらう情けない兄貴のままでいたくないんだ!」

「反抗期かな? そんな兄さんもいいけど、甘えてくれるともっといいな」

「もう、ボクのことはほっといて」

「いくら可愛い兄さんの頼みでも、それだけは聞けない。兄さんは、誰にも渡さない」

それからも、双子の話し合いは平行線を辿る。
同じ会話を繰り返し、アキ君の我が儘を嗜めるシュウ君の図に見えてきたころ、大家さんが動いた。