風花寮の門をくぐり、玄関の扉に手をかけた瞬間。
ドカッ、と。
中から重い衝撃音がした。

手を引っ込め、アキ君と顔を見合わせる。

「な、なに………」

「なんでしょう………」

「…………」

「…………」

どちらともなく頷いて、再び扉にかけた手を恐る恐る引いていく。
親指ほどの隙間からふたりで覗いた先には。

「シュウ、落ち着け!」

「馬鹿言うな! 兄さんがッ!」

「シュウちゃん、もうやめて!」

北山君が、暴れるシュウ君を背中から羽交い締めにして、前から中島君がシュウ君の両手の自由を奪う。
その先には、壁に凭れて、制服のワイシャツの腹部を真紅に濡らした青木君。
彼の眼鏡は曇り、鼻からも血を流して息を荒くしている。

「………ハア、ハア………抵抗する双子弟を、ハア……不良とチャラ男、二人がかりで襲う…………イイっ! …………ハアハア……」

「りおちゃん、それ違う! りおちゃんを突き飛ばしたことに怒ったオレが、犯人に詰め寄ってるところ! きーちゃんは知らないけど!」

「モエエエェェェェ!」

ご丁寧に説明する中島君に、あがる青木君の嬌声。
腹から血を出して危険な状態か、なんて思ったりしましたが。
あれは、ただの鼻血がシャツに付いただけのようで…………青木君は通常運転です。

「オレで萌えちゃダメぇっ!」

「モオォォォエェェェェ!」

天にも登りそうなくらい、幸せそうな青木君。
これでもかと眼鏡を曇らせている。
そんなので、この光景が見えているというのでしょうか。
けどもう、思い残すことはなさそうで。

「はうぅっ………」

糸が切れたようにくずれる青木君。

「りおちゃん帰ってきてぇ!」

中島君の制止も聞きゃしない。

「中島! 耳元でキャンキャンうるせぇ」

「全員うるせぇんだよ、早くこの手を離せ!」

シュウ君が顔に似合わぬ低い声で威嚇する。

「離すとまた暴れるだろうが」

「大人しく捕まっときなよ」

「独、占、欲、モエー!」

「ちっがーう!」

一連のやり取りに見切りをつけて、玄関を開け放つ。

「ただいまー」

「ああ、おかえり」

「おかえり、ゆきちゃん」

「福井氏、間に合ってよかったですぞ! 現在進行形で目の前で3Pが……」

「繰り広げられてないからね!」

食い気味に否定する中島君。

「あはは………」

笑って誤魔化す私に続いてアキ君が入り、扉を閉めた。

「ただいま……」

「兄さんっ……!」

アキ君を見つけたシュウ君が暴れるのをぴたりとやめた。
そして彼の怒りの形相が、不気味なほど優しい笑みに変わる。

「おかえり兄さん。無事だった?」

「ぅん…………」

「そう、よかった………」

兄が無事であったことに安心したのか、シュウ君はへたりと座り込んだ。
そんな彼を拘束する理由もなく、北山君と中島君が離れた。

「りおちゃん大丈夫?」

「体格のいい男二人に襲われたところを最愛の兄に見られ、絶望にくずおれる。だがしかし! そんなこと無かったように気丈に振る舞おうとする弟は、この時、じつは二人を好きになっていて……」

「オレはりおちゃん一筋だよ!」

「どうしようボク、どっちかなんて選べない………」

真っ先に青木君の前に片膝つく中島君は、彼の妄想の餌食にされた。
北山君は、どこからかウエットティッシュを持ってきて、青木君の顔を拭こうとする。

「きーちゃんちょっと待った! オレがやる!」

「……ああ」

目ざとく見つけた中島君が、ウエットティッシュを奪い取り、抱えた青木君の血を拭う。
手の空いた北山君は青木君のシャツのボタンを外しだした。
いちはやく反応したのは、青木君。
演技がかった様子でほんのりと頬を染め、胸の前で腕をクロスさせる。

「いやん、えっち!」

「きーちゃん、何してくれんの!」

「脱がせてんだよ」

「見ればわかるんだよ! りおちゃんの裸はオレのもの!」

「ノー! 僕の裸は僕のものだから!」

「うっせぇ、時間が経つと落ちにくいんだよ」

北山君が手際よく青木君からシャツを抜き取ると、流れるように中島君が上着を着せる。

「……あ、ありがと」

「どういたしまして」

「…………」

上着の合わせを握り、紅い顔をそらす青木君。
そんな彼を、愛しげに目をほそめて見る中島君。
二人のラブシーンには目もくれず、脱がせたばかりのシャツの血シミを気にする北山君。
彼らのやり取りを見届けると。

「き、が…………」

「っ…………」

声の方に目を向けると、シュウ君の暗い目に囚われた。

「……貴様が、兄さんを連れ出したのカ!」

「っ!」

「おいっ!」

「ゆきちゃん!」