「貸せ」

「あっ……!」

いい人と思った矢先、ひったくりにあった。
引っ越し業者に頼めなかった、数日分の着替えなどの入ったキャリーバッグ。
それを軽々持って先を行く北山君。

「何してんだ、置いてくぞ」

「あの、自分で持ちますから……」

「気にすんな」

気にします。
初めて会った人に荷物持ちさせるなんて、そんな……。

役目を失った手が、空を無意味に掻いていた。

「ここから寮まで30分かかんだよ。いいから任せときな」

「……すみません」

申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、彼の後ろを歩く。

「無理矢理奪っといてなんだけど、こういう時は『すみません』じゃなく『ありがとう』と言ってくれると、嬉しい」

余計なことしちまったのかって、不安になるじゃねぇか。

と、彼がこぼしたのが聞こえた。
見た目に反していい人だ。

「……ぇと、ありがとうございます」

「よし」

振り返った北山君が、犬でも相手にするかのように、空いた方の手で私の髪をくしゃくしゃに撫でてきた。

「わ、わっ…!」

すぐに離れた手を睨む。

何するんですか。

と、口には出せない文句を顔に出し、手ぐしで撫で付けた。

さりげなく、隣を歩く北山君を見上げると。

「こっちの方がいいだろ、あんたの歩幅に合わせやすい」

……確かに、コンパスの差を恨むほどには速かった。
でも、私に合わせてもらうのは申し訳なく、うつむく。
何から何まで。

「すみません」

反射で口から出た言葉に。

「すみませんじゃなくて」

諭すように言うものだから。

「……はい、ありがとうございます」

同じ訂正を口にした。
するとまた、頭を撫でられた。