そのとき僕は



 僕は手を伸ばして、彼女が毎日枝にくくりつけていたおみくじを取った。

 あの人はいつも、これのどこを見ていた?

 何を待っていたんだ?何が、気に入らなくてくくっていた?

 僕は、それが知りたかった。

 聞いても教えてくれなかった。彼女はいつでも、手をすっと伸ばして枝にくくりつける。今日もそうして一つ結び、老桜の細い枝が軋んだ音を覚えていた。

「ここにくくりつけても意味ないんじゃない?ここ、神社の境内じゃないし」

 一応そう言ってみた僕を振り返って、彼女は微笑んだのだった。

「大丈夫。知らないの?桜でも何でも、老木には精霊がいるんだってよ。だからきっと神様と同じよ。ここにくくりつけたら、なかったことにしてくれるはず」

「精霊と神様って同じレベル?」

 呆れてそう返す僕に、彼女はきっぱりとこう言った。

「いいんだってば。神秘の力を信じなさい」



 一つ、とって開けた。

 携帯電話のライトに照らして僕は白いおみくじを読む。

 中吉。今日の分だ。特に何かがひっかかる、そういう内容ではない。むしろいいんじゃないかな、内容的には。そう思った。

 次のやつ。吉。僕でも知っている古典の和歌が書かれたそれは、さっきのものよりも内容も格段によかった。だけど彼女はこれもくくりつけたんだよな・・・。