だけど、もうすでに大半が葉桜で、夜のライトアップはされていなかった。神社の境内の明りや道に沿って立ち並ぶ家の玄関灯に照らされて、残り少ない花びらがかすかに浮かび上がるだけだった。
人通りも少なくて、僕は寒くはないのに自然に身を縮こませる。
これからしようとしていることに、罪悪感があった。
例えて言うなら人の携帯電話を覗くような感じだろうか。
ムダに唇をかみ締めて、僕は夜の中を進む。
気になるから、どうしても見たい。そう思って、こんな罪悪感など蹴散らしてしまおう。数回頭の中で呪文みたいに繰り返した。
桜並木から離れて、少しいった空き地。今夜もそこはひっそりとしていて、静かで、そして闇が深かった。ざわざわと緩やかな風の音だけが体に触れて通り過ぎて行く。
やはりというか何というか、あの人はいなかった。
毎日ここに顔を向けると居たあの少女がいない。それだけで、この桜の木がやたらと寂しそうに見えてハッとする。
僕の中では、この木と彼女はセットなのだった。
一緒にいるべき、それで景色が完成される、そういったもの。
「ま、とにかく・・・」
僕はそう呟いてから、ズボンのポケットから携帯電話を取り出してライトをつける。そうしておいて、さくさくと草を踏みしめながら老桜の下にきた。
見上げる枝には青々とした葉が。昼間は太陽に煌いてその生命力を様々と見せ付けている新緑も、夜の闇の中でみていればたらっとした薄っぺらい一枚の布のように見える。



