そのとき僕は



 彼女はちょっと考えて、ああ、と両手を叩いてあわせた。それからにやりと企んだような顔をして言う。

「幽霊だと思ってたのね、あたしのこと。あははは!でも、そうねえ、もしそうだったらどうする?」

「え?」

「だから、幽霊だったら」

 僕は体を起こしてマジマジと目の前の女の子を眺めた。・・・あれ?本気でいってる?ってか僕、からかわれてるんだよな?

 たら~っと脂汗のようなものがまた復活して流れたのが判った。

 彼女は僕の返事を待っているらしく、じいっと見上げてくる。

 僕は乾いた唇を舐めて湿らせた。

「・・・・あの・・・出来たら、生きてる人間の方が・・・」

「ぶっ」

 あははは、そう大きな口を開けて彼女が笑った。ご丁寧に、体まで曲げて爆笑している。いや、全然笑うところじゃないだろうよ。僕はちょっとむっとして、口を引き結んで立っていた。

 風が吹いて今日も花びらを散らしていく。余りにも軽いそれは、ヒラヒラくるくると動き回って僕達の間にも落ちていく。

 その内に笑い止んで、彼女が顔を上げた。薄ピンクの雨の向こうに見える、灰色の瞳。そこにはちゃんと僕がうつっている。

「ごめんなさい、だって、ほら。あまりにもありきたりでしょ、桜の下だからって、いくら何でも!」

 本当に可笑しかったらしい。目元の涙までぬぐって彼女がいう。僕はさすがに、例の梶井とかいう作家が書いた本のことだよな、と気がついた。この話はどうやら僕が知らなかっただけで常識らしい。