「俺とお前。近い将来そうなるだろ。親公認だし」

いけしゃあしゃあと……!

「嫌がらせなの、そうなの!?」

「バカか。嫌がらせなら散々しただろ。それに、今回は親の目の前だ」

「嫌がらせで結婚を決めなんて間違ってるから、考え直しなさい」

「何を聞いてたんだ、俺はお前が好きだと言ったんだぞ」

「それが信じられないって言ってんのよ!」

今までの御曹司に受けた幼稚な嫌がらせの数々を、私は一生忘れない。

「信じろよ。よく言うだろ、好きな子ほどいじめたいって」

幼稚な……!
しかも、今思いついたばかりだろう。

「考えてもみろ。俺みたいな大企業の息子が政略結婚とはいえ、格下の何の利益にもならない祝前なんかと婚約して何になる」

酷い言われよう。
そんなに嫌なら取り消せと………。
いや、そうなったら私の命は無いのか。

「今のお前の気持ちが俺にないのも分かってる。だから、時間をくれ、頼む」

彼は私に深く頭をさげた。

あの御曹司が。
あの、人の弱みを握り、自分勝手な反抗期のあの御曹司が!

信じられなくて、口をあんぐり開けていると、我慢の切れた御曹司が顔だけ上げて、私を見てくる。

「おい、返事はどうした。俺がこうまでしてるんだ、嫌とは言わないよな」

……前言撤回。
御曹司はやっぱり御曹司だった。

「人に物を頼む態度じゃないけれど…………勝手にすれば」

人の心は簡単にどうこうなるものじゃない。
私は交渉を放棄した。
伊達に一緒にいた訳じゃない。
こうなった御曹司が梃子でも動かないだろう事は、想像に難くない。

「やりぃ! じゃあ今晩早速、裸の付き合いを……」

私は足を蹴り上げて、ガラスの靴を御曹司の顔面に飛ばした。

「調子に乗るな」

顔面を踏んづけた靴がポロリと落ちる。

「いってーな。恥ずかしがるなよ、仲良くなるには風呂って相場が決まって」

「性別の壁をそう簡単に越えられると思わないでくださいね」

にこっと笑顔を作る。
背後にはブリザードを背負っている気分だ。

「今更だろ」

さあと手を差し出す、外面仕様キラキラスマイルの御曹司。
所作は、さながら王子様のよう。
私も自称負けず劣らずのキラキラ営業スマイルで、その手を取った。

「ではまた背中を流して差し上げましょう、デッキブラシでよろしければ」

「なんつー仕打ちだ」

御曹司は本気で言ったわけじゃないらしく、肩をすくめた。

「麻里奈に嫌われたくないからな。今回は諦めるさ」

私は曇った表情を、下を向いて隠した。