口と指を繋ぐ銀糸がぷつりと切れる。

「………わりぃ、違う、そうじゃないんだ……」

御曹司が珍しくうろたえている。

「えっとその、政略結婚ってのは建前で……」

そわそわする彼を見上げると、その顔は真っ赤になっていて。

「俺、お前が好きだ」

「…………………は?」

思っても見なかった言葉を聞いた気がして、素っ頓狂な声をあげた。
冷静に考えて、御曹司の言葉を噛み砕いて理解した瞬間。
私は顔に熱が集まるのを感じた。

「な、なななに言ってんのかしら」

動揺して頭が真っ白になる。
逃げ出そうとしても、繋がれた手がそれを許さない。

「好きだ」

後ろからかけられる、まっすぐな声。
まるで石化の魔法がかけられたように動けずにいると、繋がれた手はそのままに、背中から抱きしめられた。

「好き……」

耳元で囁かれた声に、首をすくめた。

「も、いいから、離して」

「ダメ。だって逃げるだろ」

「逃げない。……逃げない、から」

「それでもダメ。俺がくっついてたい」

より強く引き寄せられ、胸の鼓動が高鳴る。
なにこれ、自分の体じゃないみたい。
制御が利かない。
抵抗するようにぎゅっと目を瞑った。

「お前もすごいドキドキしてる……」

恥ずかしくて下を向いたまま。
囁かれた声にはっと目を開くと、前に回った手が私の胸に触れていた。

「触るな変態!」

体をねじって、肘を叩き込む。
先ほどまで動けなかったのがうそのようだ。

「ぐっ、今いいところ……」

緩んだ拘束をすり抜け、御曹司と距離をとる。
自分を抱きしめるように腕をまわした。

「何がいいところよ、危うく流されるところだったわ」

「流されればよかったのに」

「そうは問屋がおろさない。第一何よ、いきなりあんなこと言われて信じられると思うの?」

「妻は何があっても夫を信じるものだぞ」

「誰と誰が夫婦になった……!」

だめだ、話にならない。
こんなのと話をしなければならないと思うと、頭が痛い。