連れられた先は、御曹司の部屋。
長いすにふたり並んで腰掛けた。

「ま、そういうことだ」

「どういうことよ?」

まったくもって意味が分からん。
今日は朝からイレギュラーなことばかり起こる。
まだ昼にもなっていないというのに、疲労は夜のそれだ。

「まず、離してもらえませんか」

言いながら、私は御曹司に繋がれたままの手をあげる。
顔の位置まで掲げたそれは、指と指が絡まりあう、いわゆる恋人つなぎになっていた。
いつのまに。

「なんで?」

「なんでって……」

「だって俺たち、婚約者だろ」

「婚約者、候補、でしょう」

今までに何度もしたやり取りだ。
だが、今回は今までと勝手が違った。

「お前は……、さっき、あそこで、何を聞いてたんだ」

わざわざ区切って言わなくとも聞こえてます。
草薙と祝前の当主が何を話していたか、でしょう?

「仕事の話じゃないのかしら?」

「とぼけるな」

「とぼけてませんー、本気で言ってますー」

「なお悪い。あんた、人の話聞かないってよく言われないか?」

「そんなことないです。ただ、先ほどの件は、脳が拒否しまして……夢ならいいなー、なんて……」

「聞いてんじゃねぇか。それで合ってる」

私はショックで項垂れた。
現実か、本当にこの御曹司と結婚しなきゃならんのか。

「諦めろ、政略結婚なんてこんなもんだ」

「隆雄様、今からでも間に合います、取り消してきてください」

「断る」

「なんで!」

「逆にお前はいいのか? ここで婚約の話が白紙になると、祝前の会社、潰れるぞ」

御曹司の言葉に、私は息を呑んだ。
そうだった、私は祝前の人身御供だった。
勝手に草薙の使用人として就職した気になっていた。
今の生活が、これからもずっと続くものだと。
唇をぎりっと噛んで、悔しさに耐える。
そんな私の口に、御曹司は指をねじ込んできた。

「噛むな、切れる」

私が噛む力を弱めると、彼の指は抜けた。