「お待たせしました」

一瞬にして外面好青年に変身した御曹司。

「まったくだ」

「お気遣いなく」

部屋にいたのは。
草薙家当主、草薙雄一。
麻里奈就き執事、藤宮。
そして。

「初めまして、祝前麻里奈の父です。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

御曹司に微笑みを向ける、祝前当主がいた。

「初めまして、草薙隆雄と申します。麻里奈さんにはいつもお世話になってます」

御曹司はエセ爽やかスマイルで対抗する。

これは一体、どういうこと。

現状を理解しきれていない私を置き去りに、話は進む。

「今回お呼び立てしたのは他でもない、婚約の返事を返そうと思いましてね」

「…左様でございますか」

草薙当主の切り出しに、祝前陣に緊張がはしる。
私も思わずつばを飲み込んだ。
握られた手に力がこもる。
見上げると、御曹司と目が合う。
それは、大丈夫だといってくれているようで、余計な力が抜けた。

草薙当主は部屋にいる全ての人を見回して。

「答えは……」

まぶたを閉じて、間を取る。
その間にも、ぴんと張り詰めた緊張が部屋を支配する。
次にまぶたを開いたとき。

「………よろしくお願いします」

彼は、祝前当主に向かってそう告げたのだ。

「ということは、婚約させていただけるのですね」

「ええ。あなたはいいお嬢さんをお持ちだ」

草薙当主は笑みを崩さない。
それが何だか怖い。

「そうですか、お気に召したようでよかつた」

極度の緊張から解放され、饒舌になる祝前当主。
隣に控える藤宮が私を見る目は、よくやったと言っていた。

「では早速、ビジネスの話をしましょうか」

大人達の会話が始まれば、私達子供に出る幕はない。
御曹司に手を引かれ、音もなく部屋を出たのだった。