炭きゅうりの次は何を作るのかな。
厨房に入ってきた御曹司を興味本位で観察。
彼は棚から食パンを取り出し、食べ始めた。

「それだけですか」

思わず口から漏れていた。

「悪いか」

「いいえ、よほど昨日の失敗を引きずっておいでなのかと痛ましく思います」

「俺の朝はいつもこれだ」

そうなの?
朝の御曹司なんて知らないから、初耳だ。
御曹司のことだから、きっと朝から豪勢な食事を取っているものかと。
……へー、そうなんだー。
ま、下手に火を使うより安心よね。

「一応聞くが、運転手もいないんだよな」

厨房を出て、玄関を出る。

「はい、運転手も2日間の休暇に入っております」

正面に車の陰はない。

「じゃ、俺行くわ」

「食パンかじりながらですか」

少女マンガの主人公を狙ってるんですか。

「時間がねぇんだよ」

そう言って、遠く先にある門に向かって駆け出す。
外面のいい御曹司のことだ。
門を一歩出た瞬間、優雅に歩きだすことだろう。

「自転車に乗っていかないの?」

その方が楽なのにという純粋な疑問をぶつける。
御曹司は口に銜えていた食パンを離し、ひらひらと振った。

「そんな貧乏人の乗り物に俺が乗るわけないだろ」

「あー、そー……」

御曹司は今、世界中の自転車利用者を敵に回した。

「いかにも見下してますって感じにいうけど、乗れないんですね」

「んなわけないだろ、俺はそんな貧乏くさいもんには乗らないんだ」

「はいはい乗れないのね」

「だから違う、ぃって!」

次の瞬間には、御曹司の手から食パンが消えていた。
少し離れたところには、地上に降り立ったばかりの鷹。
その口には食べかけの食パン。

御曹司は、鷹に朝食を奪われたのである。

交差点でごっつんこのパターンじゃなかったか。

「俺の食パン返せ!」

「やめときなさい、怪我じゃすまないかもよ!」

今にも鷹に掴みかかろうとする御曹司を、後ろから羽交い絞めにして止める。

「それにほら、学校、遅刻するわけにはいかないでしょ」

使用人がいなくとも学校に行けるんだってこと、証明しなきゃ。
少しは冷静になったらしく、拳から力が抜けた。
それを確認して、御曹司から離れる。

「……くっそー、今度会った時は覚えてろ、焼き鳥にしてやる!」

未練たらたらに御曹司は門へと駆け出す。
食べ物の怨みは恐ろしいんだと言いたげだ。
すれ違いざまに、鷹を視線で殺せるほどに睨みつけるのを忘れない。
だが、ボンボンの視線なんて痛くもかゆくもない鷹は、ちらちら振り返る御曹司の前で見せ付けるように食パンをつついていた。

この鷹、性格悪い。
だがよくやった、御曹司ざまあ。

鷹はその後、綺麗に食パンを平らげてから青い空へ飛び立った。