「ひとりで生きていくんでしょう」

という魔法の呪文で御曹司がたかってくることはなくなった。
よほどお腹が空いていたのだろう、御曹司は炭きゅうりを完食した。
残すだろうと思っていたが、見直した。

やるときはやるじゃん。

皿を洗って棚に戻し、やっと一息。

「………疲れた、もう寝る」

御曹司はよっぽど疲れたらしい。
心なしかやつれて見える。
湯船に浸からず、夕食は炭きゅうり。
数時間とはいえ、なれない生活はさぞ堪えたことだろう。

「はい、おやすみ」

御曹司を部屋まで送り届け、寝顔を拝むことなく小屋に帰った。

翌朝。
学校がある御曹司の起きるであろう時間に、彼の部屋に音を立てず忍び込んだ。
決して寝起きドッキリを仕掛けるためではない。

キングサイズの無駄に広いベッドですやすやと寝息を立てる御曹司。
こうしてると、起きているときより幾分か幼く見える。
なんか可愛いかも。
間近で見ても耐えうる整った顔。
それのまぶたが震え、私はばっと距離をとる。

少しして目を開き、ゆったりとした動作で身体を起こす。
その目が私を捉えた瞬間、動きは止まり。

「……うあああぁぁぁぁぁ!」

大声をあげ、一気にベッドの端まで後ずさった。

乙女か。

「お、お、おまえ………どうしてここにっ」

「おはようございます。私は監視役ですから、お屋敷に居る間、傍にいるのは当然のこと」

「いつから居たんだ」

「今来たところです」

「そんな嘘丸分かりのベタなセリフはいらねぇ、ホントのことを言え」

「真実ですよ。それよりいいんですか? 今日も学校でしょ、遅刻しますよ」

さあさと促せば、御曹司はおとなしく着替え始める。
その間私は廊下で待っていて、着替え終えて出てきた御曹司と食堂へ。

まっすぐ歩き、椅子にふんぞり返って数秒。

「そういや、いないんだった……」

御曹司は思い出したように立ち上がる。
わかるよ、習慣というものはなかなか抜けないよね。