「どうぞ、かけてくれ」

「失礼します」

案内されたのは応接室。
目の前の彼と、その息子に初めて会った場所だ。

ソファに座って向かい合うと、当主が口を開いた。

「今回のことは、全面的に息子が悪かった。代わりに謝罪しよう、すまなかった」

頭を下げる当主を慌てて止める。

「待ってください、旦那様が謝る必要はありません。どうか、頭を上げてください」

「いいや、婚約者候補としてお招きしたあなたを使用人にしたことも、管理が行き届いていなかった私の責任だ。本当にすまない」

きっと、使用人の誰かが彼に密告したのだろう。
クビになると聞いたら誰しも黙ってはおけない。
そのついでに、私のことも伝わったのだと推測する。

「いいんです。ただで置いていただくのは心苦しかったので、丁度いいお仕事をいただけて、隆雄様には感謝しているのですよ」

これは本当のことだ。
それに付随するもろもろの嫌がらせについては触れないでおく。

「寛大なお心に、感謝します」

そう言って、当主はやっと頭を上げた。
私はほっと息をつく。
主人に頭を下げさせるなんて、使用人としては恐縮です。

「さて、あなたをここにお呼びしたのは他でもない、お願いがあるからです」

「なんなりとお申し付けください」

私は即答する。
主人直々の頼みとあらば、断る理由は何もない。

「私は隆雄のように、祝前だからとは言わないよ」

言外に断ってもいいのだと言われたが、私は首を横に振る。

「わたくしに出来る事ならば、やらせてください。お願いします」

頭を下げて懇願すると、当主の纏う雰囲気が柔らかくなった。

「君は、おかしな子だな。良いとこのお嬢さんにもかかわらず、進んで雑用を引き受ける。………そんな貴女だから、隆雄が気に入ったのかもしれないな」

気に入った? まさか。
気に入ったなら、追い出すような真似しませんよ。
犬猫のように愛でるでしょう。

「……身に余る光栄です」

とりあえず、この場は適当なことを言ってやり過ごそう。
彼が何をどこまで知っているか分からない以上、下手なことは口に出せない。
しばらくして頭を上げると、当主は笑っていた。

「では、頼みごとをする前に、隆雄としてきた話を聞いてくれ」

当主の話はこうだ。