お咎め無しに舞い上がっていると、ミスズさんが思い出したように言う。

「このお屋敷は産休制度もありますから、ぜひ活用してください」

「…………はい?」

なんでここに産休が出てくるのかな。

「では、身体に気をつけて、くれぐれも無理はしないように」

「…ありがとうございます」

とりあえずお礼を言っておく。
ミスズさんは私のあまり手をつけていないトレイを見ると、残飯じゃない海鮮丼を取り上げた。

「あ……」

「これはいけません」

料理長は何を考えているの。
とぶつぶつ言いながら返却口に持っていくミスズさんを、私は指をくわえて見ているしかない。
そして、彼女が料理人と話す内容に、私は目を剥くことになった。

「妊婦になんてものを食べさせようとするんですか」

妊婦ですと!?

「ちょっとくらい平気だろ」

「いいえ、隆雄様のお子に何かあったらどう責任を取るつもりです」

「ちょっと待ってください」

料理人とミスズさんの間に割り込む。
ふたりの注意が私に向いた。

「妊婦とは、隆雄様の子とはどういう意味ですか」

「麻里奈さんは昨日、隆雄様のお部屋に泊まったのでしょう」

「確かに泊まりましたが、それは、隆雄様とゲームをしておりまして、私が途中眠ってしまったための不可抗力でございます」

「……では、隆雄様とはなにもなかったの?」

「はい、やましいことはなにもありません」

堂々と言い切ったが、やましいことはある。
御曹司に対する無礼の数々。
それをおくびにも出さず、営業スマイル。

「そう、だったのですね」

ミスズさんは海鮮丼を私の手に返してくれて、ふらふらした足取りで食堂を後にした。
大丈夫かな。
席に戻ろうと身を翻すと、食事中の使用人達にぱっと目を逸らされた。

「…………」

周りがなんか生暖かかったのは、このせいか。

このやり取りは、御曹司が帰ってくる前には使用人皆の知るところになっていたよう。
誤解が解けたことは素直に喜ばしいが、私の立ち位置は『色仕掛けをしても隆雄様に相手にされなかった人』というものになった。
あの浴衣が悪かったらしい。
浴衣なんか、二度と着ないと誓った。