放課後。
部活には所属していない御曹司の車に同乗し、草薙の豪邸に戻る。
並んで出迎えたメイドの間を抜け、まっすぐ御曹司の部屋に入った。
ソファにどっかりと腰を下ろす御曹司を尻目に、荷物を机の上に置く。

「犬、忘れ物だ」

「……っ」

飛んできた物体をとっさに受け取る。
御曹司に投げ渡されたのは、カチューシャとベルト。
言わずもがな、犬なりきりセット。
やっぱり、つけなきゃだめなのね。
ばれないようにため息をついて、装着する。
あー、これこれ。
この何とも言えない重さと閉塞感がー…………って、慣れちゃダメでしょ。
変態がうつった!
頭を振って否定していると、御曹司が話しかけてきた。

「久々の学校はどうだった」

「え……」

「楽しかったか?」

「そうですねー……ワン」

私は思い出すように上を見る。
動物園のパンダ状態になったけれど、御曹司のファンに因縁つけられたけど。
天花寺さんを通して、マスターと話せた。
思い出しただけで頬が緩んでしまう。

「とても、素敵な時間を過ごせましたワン」

緩んだ顔のまま答えると、御曹司の表情が変わった。

「……じゃあ、楽しませたお礼に、何かしてくれるよな」

「え?」

「俺が何の見返りも求めず、使用人ごときに何かするはずないだろ」

ゆらりと立ち上がり、詰め寄ってくる御曹司。
私を挟んで机に両手をつくものだから、動くことができない。
完全に逃げ遅れた。
御曹司の顔を見上げると、感情の読めない瞳が私をまっすぐ見下ろしているだけ。

こわい……。

彼に対して初めて抱いた感情だ。
いつもの俺様ぶった変態御曹司はどこに消えた?
目をそらしてはいけない気がして、まっすぐ見つめ返す。
大丈夫、彼は危害を加えるようなことはしない。
そう、直感で思った。

「……お前は俺の使用人、だよな」

「……はい」

いまさら何を言い出すのかと思えば。
こんなことですか。

「……俺の命令をなんでも聞くんだよな」

「……はい」