玄関先で動かず、冷たくなっている両親。
側で見ているしかなかった私に、声をかけてくれたのがマスターだった。
不審者から両親を庇うように威嚇した私に、マスターは微笑んで敵じゃないと両手を広げてみせた。

それからマスターは、私だけの小さな葬儀を挙げてくれた。
警察等への手続きも全て引き受けてくれて、孤児院に行きたくないという私のわがままに付き合って引きとってくれた。
見ず知らずの私に過剰なまでの優待遇。
正直、怖いくらいだった。

ほんのすこしの不信感を胸に、一人暮らしを申し出たらあっさりと許可がおりた。
お金を稼ぎたいと言えば、うちでバイトをすればいいと言われ、中学生ではどこも受け入れてくれないという現実に、仕方なくそれを受け入れた。

先のことを考えると、最低でも高卒くらいはしておきたい。
高校に行くとなると、お金がかかる。
働きながらの通信教育や定時制に行くということも考えたが、お金がかかることに変わりはない。
悩んでいる私に、マスターが教えてくれたのは、私立の成績優秀者に与えられる特待生制度。
無論、私はそれに飛び付いた。
もともとそれなりによかった記憶力を活かし、受験に必要なありとあらゆる知識を叩き込み、見事特待生枠を勝ち取ったというわけである。

今なら、マスターがなんの打算もなく、善意で私を引き取ってくれたことがわかる。
だからと言って、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。

「すみません、いつものください」

「はい」

今日も私は、珈琲店のバイトに精を出す。
彼に報いるためにも。