一般人令嬢は御曹司の婚約者

彼はポケットからスマホを取り出すと同時に操作し、耳に当てる。
一連の動きは見とれるほどになめらか。

「執事藤宮、麻里奈は俺が送るから、帰っていいぞ」

えっ……?

言うだけ言って通話を切った御曹司。
返事なんて聞いちゃいない。

「これで、問題はないな」

満足そうな笑みとともに、チャイムが鳴った。
同時に教師が現れて。

「お前ら席つけー。今日は体験入学者がひとりいるからなー、なかよくしろよー」

なんていうものだから、本格的に逃げられないところまで来たと悟る。
抵抗する間もなく、体験入学決定。

……開き直ったわけじゃないけれど、私は体験入学が不満なわけじゃない。
不満なのは、制服をお借りできなかったこと。
勘違いして欲しくないのは、ここの制服がかわいいから着たいというわけではない。
赤チェックスカートのブレザーで、かわいいのは認めるが、そういう意味ではないのだ。
つまりは、制服のなかにひとりだけメイド服なんて、目立って目立って仕方がないでしょう?
おかげで休み時間中はおろか、授業中でさえ、振り返り見られる始末。
いい加減にしてくれ。

中でも気になるのが、振り返らないくせに意識を向けてくる女子。
背中しか見せていないのに、その背中で監視されているような錯覚を覚える。
ひとりだけ制服の違う彼女は、私とは違う意味で目立っていた。
教室に入ったときから印象的だった、顔を隠すぼさぼさの長い黒髪に、隙間から覗く時代遅れの瓶底メガネ。
これで記憶に残すなというほうが無理がある。

休みに入り、隣に座る御曹司が話しかけてきた。

「お前、アイツのこと気にしてたろ」

「アイツ……?」

「ほら、あのボサボサ頭」

「………」

確かに気になってはいたけど、他に言い方はないのか。
ワカメとか、モズクとか、ヒジキとか……って、違う。
とにかく、もっとオブラートに包んだ柔らかい言い方をだな……。