「マスター、本当にケーキを置く気はないんですか?」

珈琲店といえばケーキのひとつやふたつ、メニューにあるものと記憶している。
ケーキがあれば、もっとお客さんが増えると思う。
だから度々進言しているのだけれど。

「俺は甘いものが嫌いなんだ」

毎回そう返され、辟易した。
心の中で何度も思う。
コーヒーひとつで、この店がやっていけてるのかは、不明。

やがてまばらだがお客さんが訪れた。

「いらっしやいませー」

笑顔で迎えることなんて、慣れたもの。

「今日もかわいいね」

「ありがとうございます」

「マスターも羨ましいな、こんなかわいいことふたりだろ?」

「ははっ、山田さんが想像しているようなことはないよ。誓って」

常連客のひとり山田さんは、カウンター席についた。
マスターと向かい合って世間話なんてものを始めたら、私に入る余地はない。

先も述べた通り、この店は小さい。
本来ならマスターひとりで回していける大きさにも関わらず、私というバイトを雇ったのは、ひとえにマスターの懐のひろさにある。