静かに走り出す車。

「あの、ありがとうございます」

私は、とりあえずお礼を告げた。

「いいえ、麻里奈様の執事として当然のことです。それより……」

バックミラー越しに視線が合った。

「ひと月以上たちますが、調子はいかがですか? 草薙のご令息と婚約できそうですか? 余計なことはお話していませんよね」

「…………」

思いあたることがありすぎて、何と答えていいか。
媚を売るどころか喧嘩を売っていますなんて、絶対に言えない。
合ったままの目から、心が見透かされそうで。
不自然にならないよう車窓の景色を目に映した。
ほぼ同時に、信号待ちしていた車が走り出す。

「あなたは祝前当主が大枚はたいて買ったんです。それなりの働きをしていただきませんと」

「………はい」

彼と話すと、私がいかに草薙家で好き勝手やってきたかを思い出させる。
御曹司の前では、人権や労働基準法を主張していたが、今の私にはそんな権利はないんだ。

「そろそろ着きます」

藤宮に言われ前方を見ると、レンガ造りでお城のような建物があった。
その門の前で車が停まる。

「この付近でお待ちしております」

「……はい」

私は静かに車を降りて、敷地に足を踏み入れた。