廊下掃除の途中、最近はめっきり会うことのなかったミスズさんと会った。

「おはようございます」

「おはよう、麻里奈さん。あなたに隆雄様からお電話です」

御曹司は今、学校に行っているはず。
何の用かしら。

「ありがとうごさいます」

渡されたケータイを受け取り、耳に当てる。

「お電話かわりました、祝前です」

『今すぐに俺の部屋から昨日の問題集を持って学校に来い。いいな!』

それだけ言って、切られた。
一方的すぎてわけがわからん。

「隆雄様は何ですって?」

「すぐに忘れ物を届けるようにとのことでした」

「そう……」

ミスズさんは少し考えるようにして。

「麻里奈さん、行ってくれますね」

「はい。……え?」

反射で返事をしてしまったが、これは、私が御曹司に問題集を届けろということか。
考えをめぐらす私に、ミスズさんは微笑んだ。

「よろしくお願いしますね」

あ、私が行くことは確定のようです。

「では、ここはもういいので、隆雄様のところに行きなさい。車は、門の前にあなたの家の方がいるはずです」

「はいっ」

さぁ、すぐに行けという気迫に押され、私はそそくさと退散した。
途中、メイドたちからの不躾な視線を浴びながら。
不本意ながらも通い慣れた御曹司の部屋に入る。
探すまでもなく、問題集は目の前のテーブルの上に寂しそうにしていた。

可哀想に。
解いてもらえないうえに、置いてけぼりにあうなんて。
今からそんな失礼なゴシュジンサマのところに連れて行ってあげるからね。

問題集を両腕で抱え持ち、わが子を扱うように部屋から連れ出した。
針のむじなのようなメイドたちの視線を抜け、外に出る。
小走りで広い敷地を行き、門を抜ければ、ミスズさんの言っていた通り、一台の車が止まっていた。
助手席の窓から覗けば、運転席にいたのは祝前麻里奈就き執事の藤宮さんで。

「どうぞ、後ろにお乗りください」

「はいっ」

彼に言われるがままに、私は車に乗り込んだ。