「おわりましたよ、ゴシュジンサマワン」

優雅にお茶の時間を楽しむ御曹司の顔面に、解きたてほやほやの問題集を突きつけてやった。

「どうせ適当にやったんだろう、俺の成績にかかわることだから、ゆるさねぇぞ」

「文句は見てから言っていただきたいものですワン」

彼はジト目で一瞥してから、問題集をぱらぱらとめくる。

「確かに、適当ではなさそうだな。だけどなんで、お前これが解けるんだよ!」

「そりゃ、既に習ってるところだからねぇワン」

「同じ年で、不登校の癖に……」

御曹司がぼそっとこぼした言葉にギクッとした。
掃除ばかりしていて忘れがちだったけど、祝前麻里奈は私のひとつ下。
いわれてみれば、おかしい。
背中を滝の汗が流れはじめたが。

「まあ、できたならいい」

御曹司が気にしない性格だったようで、難を逃れた。

「肩がこった」

ん、と肘で突かれ、私は御曹司の後ろにまわる。
こぶしを作り、目の前に肩に振り下ろした。

「痛っ!」

「人に頼んどいて文句いわなーい、ワン!」

「お前、俺の犬って自覚はあるのか! 主人に反抗するな!」

「あら、ご存じない? ワン! 犬は己の中で順位をつけるの、ワン!」

「ほぅ、俺はお前より下だと?」

「そうは言ってませんが、ワン! そう聞こえましたか、ワン! ごめんなさいねー、ワン!」

『ワン』の掛け声とともに振り上げた拳を叩きつける。
メイドの掃除雑用で鍛え上げられた筋肉を見よ!

「もういいもういい! ストップヤメロ!」

音を上げた御曹司による静止に従い、拳を下ろす。
まだやり足りない、日ごろの恨み。

「肩たたきは止めだ、風呂に行く!」