新入りが御曹司のすぐ傍に控え、お鞄をお持ちする。
それも、ただの新入りではなく、祝前で、犬耳尻尾に首輪をつけた、ふざけた格好をした新入り。
使用人たちは皆一様に不満を持ったことだろう。
だが、御曹司の命令は絶対。
表立って反抗するものはいなかった。
それからというもの、御曹司命令のお子ちゃまな嫌がらせとは違う、意思のあるの嫌がらせを受けているというのは、また別の話。

そんなこともあったと、懐かしむより、恨めしく思いながら。
鞄を持って御曹司についていく。
部屋に着くと、大きな机に鞄を置く。

「犬」

「何でございましょうワン」

返事をしてしまう自分が情けない。

「鞄をこっちに」

応接セットのソファに優雅に腰掛け、手を出す御曹司にお望みどおり机に置いたばかりの鞄をくれてやる。
それから、入り口に置かれたティーセットをテーブルに並べた。
準備が整うと、見計らったかのように御曹司が私の視界をふさいだ。

「………何の真似でしょうかワン」

身を引いてみると、それは問題集だった。

「その103から110ページまでの問題を明日までに解け」

「宿題は、ご自身でやらなければ身になりませんわよワン」

「かなり経つのに『ワン語』をまともにしゃべれない犬に言われたくないよ」

「あらあらー『ワン語』なる言語をおつくりになった天才なら、宿題くらい、余裕でしょワン」

「ただ単に語尾にワンをつけるだけじゃ芸がないんだ、わかるか、無能な犬よ」

「重々承知しておりますわ、ゴシュジンサマが変態だということはワン」

「祝前がどうなっても………」

「卑怯者! …………ワン」

御曹司の手から問題集を引ったくり、机に向かう。
ペンたてから一本拝借して、問題集に書き込む。
幸い、去年使っていたのと同じ問題集だったので、すぐに枠は埋まった。