私、何か皆さんの気にさわることをしたでしょうか……。

考えても思い当たることは何もない。
結局、なにか無意識にやらかしているのだろうという答えしか浮かばなかった。

現在は昼時。
廊下から食堂への移動中、争うような声が聞こえた。
興味を惹かれて壁のギリギリのところに身を隠し、そちらをうかがう。
これは決して盗み聞きなどではない。
私の通り道を塞ぐように割って入れぬ雰囲気があるからだ。

「もうやめましょう、我々使用人は心が痛いです」

「何を言ってるんだ、相手は世間知らずのバカ女だろ!」

「お言葉ですが、隆雄様。麻里奈さんは今までの令嬢方とは違います!」

いきなり出てきた祝前の令嬢の名前にビクリと肩が跳ねる。
麻里奈さんの話………あっ、今は私が『麻里奈』か。

「仕事は速いですし、覚えも早いです。今は人前に出しても恥ずかしくない出来になっています。このまま正規の使用人として引き抜きたいくらいですよ」

「お前いくら積まれたんだ、うちの使用人を買収するなんて――」

「いいえ。本心ですわ。隆雄様のお考えになった幼稚な嫌がらせは未だ続けています。ですが、泣き言ひとつ言わず健気に働く姿に、私含め使用人は――」

「うるさい! 俺がやれっていったらやれ、俺は婚約なんて認めない。よりによってあんなブス」

「でしたら、あちらが辞退するのを待つのではなく、こちらからお断りするべきでしょう。陰湿な嫌がらせをするなんて間違っています」

「うるさいうるさいうるさい! 俺に説教できる身分か!? いつからそんなに偉くなったんだ、貴様なんてクビだ!」

「っざっけんじゃないわ、そこのボンボン!」

カッとなって投げた靴が、御曹司の後頭部にクリーンヒット。
存在が知られた私は姿を見せる。

「貴様ッ!」

「!?」

「ご機嫌麗しゅう、先輩と………隆雄サマ?」

私の心の奥の方で、静かな炎が燃えた。