「つかぬことをお伺いしますが……」

「改まってなんだ?」

「マスターの会社ってなんていうところですか?」

「宿院エンタープライズって言ったらわかるかな」

わかります。
日本一の貿易会社でしょう。
どこがしがないんですか、謙遜にもほどがありますって。

どうりでこんな豪華絢爛なパーティーに呼ばれるわけです。
身近にこんな大物がいたなんて、現場が証明してくれなければ夢幻と思い込んでいた。
普段のマスターとは違う。
カリスマ社長のオーラがこんなにも垂れ流しになっていたのに、どうして気付かなかったんだろう。

ああー。

頭を抱えたい衝動にかられていると、今まで声をかけられるのを待つだけだったマスターが歩きだした。
その後ろを離れないようにしずしずとついていく。
こんなところに、ひとり取り残されちゃたまったもんじゃない。

そしてマスターは、腰の近くまである美しい黒髪をもつ人に声をかけた。

「初めましてだね」

振り返った彼女は、ビスクドールのような肌に整った顔立ち。
一言で言い表すなら、美少女だった。
彼女はマスターを見て、私を見てから、合点のいった顔をする。

「……あんたか」

その口調は硬いが、耳障りのいい音だった。

「この間は世話になったね」

「別に。マスターの頼みだったからな。君の為ではない」

「そう言うなって。お礼に特性の豆を届けるからさ」

「君が淹れたのがいい。コーヒーに関してはマスターより君が上だ」

「ありがとな。んじゃ、空いた日に店に行くよ」

マスターとなにやら話してから、美少女が私に視線を向けてきた。
綺麗過ぎる顔に圧倒されて、一歩下がりそうになるのをこらえる。

「久しいな。健勝のようでなにより」

え、私この人と会ったことあるっけ。
記憶に引っかかる人はいないか探していると。

「天花寺麗だ。草薙隆雄の通っている学校の庭で会ったな」

「え………」

天花寺麗という名前に覚えはある。
祝前麻里奈と同じ学校に通っている、ボサボサ瓶底眼鏡の女の子。
目の前の彼女は、さらさらの黒髪に整った顔だち、眼鏡もかけていない。
え、ぜんぜん違う。
不躾なまでにまじまじと見ていると。

「これはカツラだ」

天花寺麗を名乗る彼女は、毛先を指に絡ませながら教えてくれた。

「……そうなんですか」

彼女があの天花寺さんなら、マスターとの会話もなんとなく理解できる。