空き教室に入ると、授業開始のチャイムが鳴った。
まさかこの俺がサボタージュするなんてな。
自嘲的に笑うと、天花寺が淡々とした声で訊いてくる。

「さて、授業を抜け出してきてまで何の話だ」

「祝前麻里奈のことについて聞きたい」

俺は単刀直入に問いかけた。
他の事を期待していたのなら残念だが、俺はあいつの事にしか興味はない。
髪と眼鏡に遮られて、彼女の表情はわからない。
俺はもう一度問う。

「同じ学校なんだ、何か知ってるだろ」

「……聞いてどうする」

「そんなの決まってる。連れ戻すんだよ、あいつは俺のだからな」

すらすらと口が勝手に動く。

「君は新聞を読んでいないのか」

「読んださ、祝前の事だろ」

俺は朝刊の見出しを飾った祝先の悪行について思い出す。

「知っているなら何故今更、祝前麻里奈を知る必要がある。婚約は白紙、草薙への被害はない。もう過ぎた事のように思えるが」

確かに、普通に考えればそうだろう。
だが、あいつとまた会うためには、今こいつを頼るしかない。
藁にも縋る思いだった。

「俺はあいつが好きなんだ。これじゃ理由にならないか?」

本当、柄にもない。
俺がこんな言葉を言う日が来るなんてな。
隠れた目でじっと見られているように感じる。
俺は負けじと見返した。
ここで天花寺を説得しないと何も始まらない。

「君と居た祝前麻里奈が偽者だと知ってもか?」

「あいつにはあいつの理由があったんだろ。そのくらいのことで俺の愛は揺らがない!」

「………恥ずかしい奴」

天花寺は手近にあった椅子に座った。
脚を組んで、組んだ手をその上に乗せる。
それがなんだか様になっていた。

「口止めはされてない。私に答えられる範囲の事なら情報を提供しよう」

「助かる」

「一応言っておくが、私が喋った事はくれぐれも内密にな」

「分かったよ」

俺は向かいの椅子に腰掛け、彼女の話しに耳を傾けた。
だが彼女が話してくれたのは、あいつが俺と会うまでの過程で、思ったような情報は得られない。
あいつが売られて祝前麻里奈になったことくらい、予想はついてたっつの。
イライラで貧乏ゆすりをしていると、天花寺が話すのをやめた。

「この話はお気に召さなかったか」

「いや、そんな事は……」

「第一私が、本物の祝前麻里奈と同じ学校に通っているからといって、彼女と面識があるとは限らないだろう。そこまで追い詰められていたということだろうが……」

「………」

「青いな」

俺は返す言葉がなかった。
今考えてみれば、早まったと思う。

「では、この話はここまでにしよう。あとは本人に聞くといい。………君の知る祝前麻里奈に逢えるかもしれない場所を紹介する。後の事は君次第」

彼女はケータイを操作してパクリと閉じた。

「1週間後の夜、時間を空けておけ。招待状は、今日の夕方には届く」

「どういうことだよ……」

俺の疑問に答えず、彼女は用は済んだとばかりに教室を出て行った。
去り際に手をひらと振って、健闘を祈るとの声援を聞いた。