屋敷に帰ると、玄関でメイドたちが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ」

「あれ、隆雄様。麻里奈様はどうされたんですか?」

俺はそれを無視して部屋にこもって鍵をかけた。
スプリングの利いたキングサイズのベッドに正面から倒れこむ。

麻里奈は麻里奈じゃなかった。
俺は騙されていたんだ。

もう、何も考えたくない。
俺はそのまま泥のように眠った。

気がつけば日が昇っていて、鳥のさえずりが朝を告げる。
祝前麻里奈の偽者とデートした翌日のことだ。

学校に行かなければならないと、重い体を起こす。
いつもの倍の時間をかけて着替え、部屋を出る。
食事の卓につくと、ミスズが新聞を片手にやってきた。

「なんだ」

「隆雄様、こちらをご覧ください」

渡された新聞に目を通すと、見出しいっぱいに祝前のことが書かれていた。
はっとしてミスズを見ると、彼女は頷く。
俺は内容を読み進めた。

業績不振や脱税もろもろの不正行為はもちろん、暴力団とのつながり、人身売買への関与についてもあった。

人身売買……もしかすると、あいつもか。
あの女集団は、彼女を祝前麻里奈じゃないと言い切った。
本当の彼女をしっていたんだ。
騙されたと思って。
それを俺は、あいつの事情も知らず否定した。
つい手に力が入り、新聞にしわが寄る。

「見たか、隆雄」

顔を上げると、親父が食卓についていた。

「はい、祝前のことですね」

俺は瞬時に顔を作り、クールに振る舞う。

「もう少しで、祝前に騙されるところだったよ。あんな悪徳企業と繋がりがあったなんて、うちの会社の恥だ」

「大事になる前でよかったです」

「そうだな。それで隆雄、お前には今日から婚約者候補を用意させる。帰りを楽しみにしていろ」

「はい」

そこで会話は終わり、運ばれてきた食事に口を付けた。
いつものようにメイドに送られて車に乗り込む。
違うのは、その中に偽麻里奈の姿がないこと。
親父の乗り込んだ車が先に出て、この車も後を追うように走り出す。

婚約者候補。
それは、俺にとってのお遊びだった。
自慢じゃないが、『草薙』は大企業である。
その恩恵に与りたいと、つながりを求めてくる家が沢山あるのだ。
それを利用して遊ぶのが、俺の楽しみだった。
相手は草薙に逆らえない。
絶好の玩具だった。