祝前麻里奈が正式に草薙隆雄の婚約者に決まってから、私への待遇が変わった。

離れの小屋から、屋敷内の豪奢な客室を与えられ、メイド服は没収。
代わりにひらひらのかわいらしい服を与えられた。
メイドの仕事はどうするのかと問えば、そんなことしなくていいと言われた。
いわく、俺の婚約者はそんなことしなくてもいい。
そういうわけにはいきません。
働かざるもの食うべからず。
拝み倒して、仕事は今まで通りやらせてもらうことになった。

大きく変わったのが、御曹司の私への態度だ。

「ただいま麻里奈」

学校から帰った御曹司は、鞄を投げ捨て、私に抱きつこうとした。
私はそれをひょいっとかわす。
後ろのほうでは、宙を舞った鞄を慣れた手つきでキャッチするメイドがいた。

「もう、初めのころは抱きしめさせてくれたのに」

彼は、スキンシップが過剰になった。
隙あらば抱きつこうとしてくるのだ。
初めは油断していて、まんまとやられてしまったが次はない。

にしても、変わりすぎだ。
告白されてから一週間経つが、未だ慣れない。
慣れたくもないけれど。

腕組みをする御曹司は頬を膨らませている。

元がいいからかわいく見えないこともなくなく……。

「はーい、隆雄様撤収しますよー」

とんでもない方向に行きそうな考えを放棄し、メイドから鞄を受け取り、声をかける。

「もしやこれがツンデレ? メイド服ってとこもナイス」

「ごちゃごちゃ言ってないで行きますよ」

私はフリフリ率の上がったメイド服をなびかせ、御曹司の部屋に向かう。
御曹司もすぐに追いついてきて、後ろから抱きつこうとしたところをかわす。
なんで気付いたという目を向けられたが、どや顔を返した。
私の背中には目がついているのだよ。

ひとり暮らしに失敗してから、御曹司は料理を習い始めた。
講師は僭越ながら私が勤めている。
今は、家庭料理で簡単に出来る煮物を中心に教えている。
まだまだ発展途上だ。
時々御曹司が。

「愛の共同作業」

と、語尾にハートマークを付けてほざくものだから、その度にフォークやナイフが空を飛ぶ。
殺傷性の高い刃物でないだけありがたく思いなさい。

図体の割にすばしっこい御曹司に当たったことはないが、これもご愛嬌。
愛を感じると嬉しそうにした御曹司にぞっとした。

翌日。
早朝の仕事にかかろうと廊下に出た瞬間、両腕を捕らえられ、猿轡まで噛まされる。
これはもしやと、犯人を見れば、いつぞやの3人組。

「おはようございます」

「本日も隆雄様の命令だから」

「ごめんなさいね」

「んんー!」

またか!

生き生きした3人組に引き摺られ、どこかの部屋に押し込まれる。
そこで、強制着替えとメイクが施された。
やっと解放され、出口へ続く扉を開けると。

「デートするぞ」

爽やか笑顔の御曹司が、私に手を差し伸べていた。