現状理解に苦しむ私に声をかけてくれたのは、おじさまだった。

「おかえり麻里奈(まりな)。帰ってきてくれて嬉しいよ」

えっ?
おじさまは確かに私に話しかけてくれているはず。
でも、麻里奈などという名前に覚えもなければ、こんな豪華絢爛な屋敷に住んでいた覚えもない。
身に覚えのないことばかり。

「さあ、明日は草薙(くさなぎ)財閥の御曹司とのお見合いだからね、ゆっくり休みなさい」

「あのっ……!」

声をかけるも、聞こえていないかのようにおじさまは背を向ける。
そのまま豪奢な扉の向こうに消えた。
これで残るは、執事と私。
戸惑う視線を彼に向けると、一礼して話し出した。

「私は、このお屋敷の執事長、田中(たなか)と申します」

「あっ、私は……」

名乗ろうとしたところで執事長田中は首を横に振る。

「このお屋敷は祝前家の本邸でございます。麻里奈様はつい先日、庶民と逢い引きし、蒸発なさいました。まことに嘆かわしいことです。しかし、こうしてお帰りになったこと、喜ばしく存じます」

そして、一方的に話し出した。

「さあ、明日は旦那様のおっしゃったとおり、草薙財閥とのお見合いですから、早くお休みになってください。なに、心配することはございません。こちらから優秀な執事をお付けいたします。きっと、麻里奈様のお役にたちますよ」