「かしこまりました。
聖具守護の任とは、具体的には結界を張ることです。純度の高い琥珀と祈りの力を用いて神殿の周囲を囲み、邪心抱く者や魔月の侵入を防ぎます。
パールヴァティー巫女姫様がその任につかれる前は、我々神官の中でも素質ある者が選ばれ、その任についておりました。ですから巫女姫様の存在自体がとても珍しいものだったのです。巫女姫様のお力はとても強く、神殿は今までに類のない鉄壁の守りとなっていた、はずだったのですが…」

壮年の神官長はそこで顔を歪め、言葉を濁した。

フレイアが続けて、と目顔でうながす。

「あの夜…巫女姫様がさらわれたあの夜、私はとてつもなく邪悪な気配を感じて目覚めました。何やら嫌な予感がして宿舎を抜け、神殿に向かうと…警備の者たちがみな眠りこけていたのです。あれは不自然な眠りでした。そして、神殿をいつも包んでいたはずの清浄な空気が淀んでいることに気が付いたのです。
結界が破られたことに気づいた時にはすでに遅すぎました。
聖具のある祭壇はからっぽになっており、ステンドグラスが割られていました…。
翌日になってから、時を同じくして巫女姫様が大量の血痕を残し、姿を消したとの知らせを受けたのです」

リュティアは身震いした。

パール王女が健在であれば、結界を破ることができる者などいなかったはずだ。

だから…フレイアたちはパールに何かあったのだと…悪ければ彼女の死を、確信したのだろう。

「魔月の姿を見た者は、いなかったのですか」

カイの問いに、神官長は苦い表情で頷いた。

「はい。…ですが、我々は魔月の仕業だと確信しています。あれほどまがまがしい気配は…魔月だとしか考えられません」

「私もそれを感じたのよ。あの夜、パールがいなくなったあの夜…なんだか胸騒ぎがして眠れなかったから、いつものように枕を持ってパールの部屋に行ったの。そしたら…部屋中にまがまがしい、肌が粟立つような気配が満ちていて、そして…血が…」

「…フレイア、大丈夫だ」

「ええ。…ごめんなさい、ザイド」

話を聞きながら、リュティアは考えた。

確かに、魔月には気配がある。

凶悪なものほど強い気配を持っていることを、身を持って知っている。

だから、魔月の仕業と考えるのが妥当なのだろう。

では、魔月は聖具と巫女姫をさらって、いったいどこに消えたというのだろうか?

「気にかかるのは…あの頃、パールが何か隠し事をしているみたいだったことなの。どこか元気がなくて…特別な力を持った子だから、もしかして、自分の運命を、悟っていたのかもしれないわね…」

リュティアはこの時何か胸にとっかかりのようなものをおぼえた。

何かが、気にかかる。

けれどうまく言葉にはできなかった。

丁度その時国王からの使者がフレイアのもとにやってきたので、その気がかりはリュティアの中でうやむやになり消えてしまった。

「リュティア、カイ! 喜んで。あなたたちに、父上からの謁見のお許しが出たわよ!」

ぱっと、リュティアとカイは表情を明るくした。

「リュー、これでヴァルラムに、フローテュリア再興への協力をお願いできる。まずは一歩だ」

「…はい!」

聖具をみつけることも大事だが、聖具だけあっても国はまとまらない。ヴァルラムの協力と後押しがどうしても必要だった。

ヴァルラムは遥か昔よりフローテュリアの兄弟国。

きっと快く協力を申し出てくれるだろうと二人は思っていた。

しかしそれは…

間違いであった。